本所横網(落葉なき椎跡)ほんじょよこあみ
本所横網(落葉なき椎跡)に伝わる妖怪 6 体。その土地に根ざした物語と伝承地を辿ります。

珍しい 送り提灯
おくりちょうちん
本所夜道の先導灯・送り提灯
山野の怪本所割下水(現·東京都墨田区) ── 本所七不思議、先導する提灯火江戸本所界隈で語り継がれた送り提灯は、夜道の安全と不安のはざまに生じる怪火として理解されてきた。灯は人の歩みと呼吸に合わせるように揺れ、距離を保って先導するが、決して触れられない。時に背後や脇から現れて方向感覚を乱し、音を伴う場合は「送り拍子木」と呼ばれる別名で記録される。石原割下水の「提灯小僧」は姿形のない小田原提灯の灯が四方に回り、近づくと消える挙動を示し、送り提灯と同一の怪異と見なされる。向島では「送り提灯火」と称し、足元を照らし無事を助けると解され、牛島明神への奉納習俗と結びついた例もある。総じて直接の害は少ないが、道迷いを誘うため、地元では不用意に追わず、一定の距離を保ってやり過ごす、あるいは社寺に一礼し加護を請うといった対処が語られている。

珍しい 送り拍子木
おくりひょうしぎ
夜回りに従う拍子木・送り拍子木
住居・器物本所割下水(現·東京都墨田区) ── 本所七不思議、繰り返す拍子木の音本所七不思議の一項として伝えられた拍子木の怪異に準拠。実体を持つ妖怪としてより、音の現象に付与された怪異名として理解される。夜回りの一定リズムに追随する形で現れ、曲がり角や水辺、雨天時に顕著とされる。目撃像は乏しく、振り返ると気配のみ残ると語られる。地域の生活と治安維持の習俗(夜回り)に結び付いた都市型怪談で、同系列の「送り提灯」と対をなす。過度の擬人化は伝承に見られず、音が「送り」になる点が特色である。

珍しい 狸囃子
たぬきばやし
本所馬鹿囃子・狸囃子
山野の怪本所東駒形(現·東京都墨田区) ── 本所七不思議、『甲子夜話』正体不明の囃子音江戸・本所周辺で伝えられた狸囃子の典型。音は笛・太鼓・三味線などが重なったように響き、近づくほど遠のき、路地を曲げると別の方向に移る。水路や堀端で急に途切れる例が多く、風向や地形による音の屈折・反響が民間でもしばしば原因として語られたが、当時は狸の仕業とも理解された。本所七不思議の一つとして見世物や読み物にもしばしば言及され、名は「馬鹿囃子」「狸囃子」と混用される。実体の目撃が伴わない点が特徴で、音のみが主体の怪異として記録的価値が高い。俗信では、追いすぎると道に迷い夜明けに郊外へ出てしまうため、途中で耳を塞ぎ立ち止まると良いとされた。

珍しい 津軽の太鼓
つがるのたいこ
本所七不思議の津軽太鼓
住居・器物本所·弘前藩津軽家上屋敷跡(現·東京都墨田区亀沢) ── 本所七不思議江戸本所の都市伝説的怪談として語られる、器物と制度の取り合わせの奇。超常現象の描写は乏しく、不可解な運用(太鼓の採用)そのものが怪とされる。土地柄や武家屋敷の規律、火事多発の都市環境が背景にあり、音の違和感が記憶に残って語り草となった。異伝として「板木を打つと太鼓の音がする」という現象譚があり、聴覚上の錯誤や伝言の変容が示唆される。史料は地誌・随筆類に散見し、具体的な由来や人物名に即した因縁話は付されないのが一般的である。創作色の濃い改作では火消や番人の幽霊譚が添えられるが、古伝では控えめで、屋敷と櫓の取り合わせを奇とする点に主眼が置かれる。

珍しい 片葉の葦
かたはのあし
本所七不思議の片葉葦
天候・災異本所(現·東京都墨田区) ── 本所七不思議、片側のみ葉の葦江戸の都市怪異として、身近な自然の異常に霊性を見いだす典型例。片葉という形態異変は、原因を特定せずに不安を共有する都市共同体の語りの仕組みを示す。怪異は植物そのものより、その場に宿る気配として捉えられ、夜間の静寂や水音と結び付いて語られる。供養・立札・祠の建立など、地域の鎮魂行為が併記されることが多く、他の七不思議(落葉なき銀杏など)と並び、合理的説明を与えず奇異のまま残す点に特色がある。人物や事件を具体化する後年の脚色も見られるが、古伝では由来不詳、現象中心の叙述が基本である。

珍しい 落葉なき椎
おちばなきしい
本所七不思議の落葉なき椎
自然現象・自然霊本所横網·松浦家上屋敷跡(現·東京都墨田区) ── 本所七不思議落葉を見せぬ椎の古木という事象そのものが怪異として恐れ敬われた記録的存在。擬人的な意志よりも、土地の気配や樹霊の働きとして理解され、他の七不思議(置行堀、足洗邸など)と同列に、因由を明かさぬ不可思議として語られる。『耳嚢』や地誌・奇談類書に名が挙がるが、怪異の直接的な害は伝えられず、人を脅かすより気味悪さで人を遠ざける類型に属する。樹木信仰や屋敷内の鎮守木の観念とも親和的で、掃除に落葉が要らぬほどという誇張表現が怪を強調する。実在木の比定は諸説あり、確証は不詳。