妖怪図鑑
日本の妖怪大百科
一般 赤足
あかあし
赤足・伝承準拠
総称・汎称日本各地(香川県塩飽諸島、福岡県、陸奥国八戸など)各地の記録に見える赤足像を踏まえ、姿を見せる地域では赤い足のみが路傍から突き出し、驚きと足どりの乱れを誘う。姿を見せない地域では、乾いた綿や蜘蛛の巣のような感触が脛にまとわり、歩幅が縮み疲れが増す。害は致命的ではないが、転倒や道迷いの原因となると畏れられた。赤手児との対関係は資料上の指摘に留まり、同一視は断定されない。遭遇は辻、山道、藪際など人影の疎い場所が多く、夕暮れから夜半にかけて語られることが多い。祓い方としては深呼吸して足をととのえ、腰を下ろして草履の緒を締め直す、路傍の草を払うなど実践的な対処が伝えられる地域もあるが、詳細は地方差があり不詳とされる。
一般 赤頭
あかがしら
赤頭(伝統版)
山野の怪土佐国吾川郡勝賀瀬(現・高知県吾川郡いの町)土佐国勝賀瀬の山野に出没するとされる赤髪の怪。身体は人のように二足で歩むが、丈高い笹や萱に紛れ、その全身は捉えがたい。最も顕著な特徴は太陽のように輝く赤い髪で、近づいて直視すると眩惑され、一時的な視覚障害を招くと語られる。害意を示す伝承は乏しく、接触よりも視覚的影響による不調が語りの中心となる。江戸末〜明治初期の『土佐化物絵本』に名が立ち、同地の「山北の笑い女」「本山の白姥」と並ぶ存在として挙げられる。図像資料としては『百鬼夜行絵巻』の「赤がしら」が知られるが、同定は慎重視されている。野辺での黄昏時から明け方に目撃されると伝えられ、遭遇譚は地域の口承に留まる。
一般 足長手長
あしながてなが
和漢図会系・長脚長臂像
人妖・半人半妖不詳(古代伝聞の異国)本像は『三才図会』および『和漢三才図会』の叙述を基礎に、足長人(長脚)と手長人(長臂)の対で行動する姿を中核に据える。足長人は浅海に遠く踏み込み、波間の礁を跨いで安定を得る役を担う。手長人は長い腕を水面下に伸ばし、魚貝を掬い取り、網や籠を操作する。いずれも異国の民として記され、特定の地名・氏族には結びつけられない。寸法は脚三丈・臂二丈とされるが、史料間で差異もあり、具体の体格は一定しない。日本では宮中障子の画題や戯画、草双紙に引用され、荒海を背景に両者が協働する構図が定型化した。宗教的には龍宮譚に配され、海神の眷属として秩序ある働きを示す例がある。民俗機能としては「異界の労働力」「遠近の伸張」を象徴化し、海上安全・豊漁の図像として消費されたと考えられる。単独の「足長」が天候転変の前兆として出没する記述は、同系統の名称を借りた別伝であり、手長を伴う本像とは区別される。
一般 身の毛立
みのけだち
絵巻図像型・身の毛立
住居・器物不詳詞書のない絵巻出自で、機能や性格を定め難い図像系妖怪。毛が逆立つような姿態から、恐怖や戦慄の情景を視覚化した意匠とも解されるが、典拠資料は説明を欠き断定はできない。名称や呼称は資料により異なり、同系統像が別名で描かれる例もある。ここでは図像の形状と史料所在に基づく範囲で性格づけを最小限にとどめる。
稀少 車灯鬼
しゃとうき
現代版
住居・器物都市の幹線道路、深夜の高速道路車灯鬼はガラスの奥に潜み、眩しい光を操って人を惑わせる。ドライバーが焦ったり眠気に襲われると現れやすく、光の残像にその影が映ることがあるという。 ただし悪意だけではなく、危険を知らせるように一瞬影を見せてドライバーを目覚めさせることもある。まるで「光に宿る守護」と「幻惑する悪戯者」の両面を併せ持つ妖怪である。
一般 輪入道
わにゅうどう
伝統図像・石燕系
住居・器物京都周辺(東洞院通の説話が著名)鳥山石燕の図像に拠る像を基準とする解釈。夜道や辻にて、燃えさかる車輪が低空を巡行し、轂に据わった入道面が通行人を凝視する。視線を合わせたり恐怖に囚われると魂気を奪われ、茫然となると語られる。由来は京都の車輪怪談に遡り、片輪車と素材を共有する可能性が高いが、石燕は入道面を採用し男性像として定着させた。出自は不詳で、怨霊・付喪神・怪火のいずれとも断定できない。対処は戸口に「此所勝母の里」と認めた紙札を貼ること、あるいは直視を避け身を隠すこととされる。地域名や人名を特定する異聞は少なく、古典記録の範囲で語られる素朴な妖怪像が中核である。
一般 送り雀
おくりすずめ
伝承整理版
山野の怪紀伊国・大和国(和歌山県、奈良県吉野郡東吉野村)送り雀は山道での危険を知らせる前触れ・凶兆として位置づけられてきた。鳴き声が先行し、やがて狼や送り狼の出没に連なるという伝承構造は、山野での転倒や遅歩を避ける行動規範を促す機能を持つ。実在鳥のアオジに準拠した呼称「蒿雀」が伝わる一方、夜行性の点で異論も残る。姿を見た例が乏しいため、具体像は確定せず、奈良の一部では夜雀と混称される。和歌山の妙法山周辺に出没例が語られ、提灯の火に寄るとされる。伝承は脅威そのものより「前兆としての鳴き声」を核としており、音の怪としての性格が強い。
一般 逢魔時
おうまがとき
逢魔時(伝統叙述)
人妖・半人半妖日本各地逢魔時は具体の姿を持たぬが、薄闇が景物と心に及ぼす作用として捉えられてきた。家々では戸口を閉じ、幼子を呼び入れ、外歩きを慎むなどの生活規範が結びつく。石燕は夕暮れに群れ集合する百魅を描き、時刻それ自体が妖しを呼び起こす「場」と理解された。民俗誌では顔貌識別の困難さが恐怖心を誘い、道迷いや水辺の事故、山里の遭難を「魔に逢う」と言い換えて戒めとした。各地の方言は意味領域を共有しつつ、必ずしも怪異を明示せず、黄昏一般を指す例も多い。よって逢魔時は「妖怪の戦闘的存在」ではなく、境目の時間に宿る災厄観であり、暮らしの時間感覚と結び付いた注意喚起の語として伝承された。
一般 邪魅
じゃみ
図像学的解釈版
人妖・半人半妖中国石燕が中国起源の魔的概念を日本の妖怪体系に配列した事例としての邪魅像を整理する。原義は「邪なる魅(まじもの)」で、魑魅の範疇に置かれ、山林や荒野の陰気が凝り、人の心身を損なう存在とされた。具体的な姿形は典籍上固定されず、図像は観念の可視化に近い。被害は発熱や幻惑、狂躁など病と不可視の祟りの中間に位置づけられ、原因が怨恨や穢れに接したことで誘発されると解釈される場合がある。対処は禁呪・符籍・結界の類で、地に牢を描き「呼び出して封ずる」術式が伝えられ、名を問うて縛る、器物に遷すといった手続が説かれる。日本では固有の祀りや祭祀対象としての展開は乏しく、魍魎と混称されるなど総称的に扱われた。民俗的には瘴気・物の怪・付喪神とは区別され、自然地の陰気と怨みが交錯する場に現れる抽象度の高い妖怪概念といえる。
一般 酒呑童子
しゅてんどうじ
大江山の酒呑童子
人妖・半人半妖丹波国・山城国(大江山・愛宕山など諸説)大江山を根拠に配下の鬼を率いた首領像に基づく。僧形や若武者に化けて人里へ下り、酒色と人の弱みにつけ込む。酒宴では来客をもてなす礼を装うが、正体は人を攫う荒ぶる鬼。討伐譚では神前の誓いを逆手に取られ、毒酒により力を削がれた。山伏装束の客を受け入れたことが命取りとなったと語られる。
一般 金烏
きんう
金烏・古典図像版
動物変化中国起源/日本伝来古代中国に淵源をもち、日本では中世以降の宗教美術や陰陽説の解釈により受容・定着した図像学的な金烏。実体的な怪異譚は乏しく、主に象徴として現れる。三足は陽数である三に由来すると解かれ、太陽の運行と権威・瑞祥を示す標。日本の作例では、日天の持物たる日像に黒烏が配され、背景は朱・金で強調される。近世の書物では太陽黒点の比喩として説明される例もあるが、本来は神話的・儀礼的象徴である。皇位儀礼の装束意匠、寺社の幡、絵画に反復して現れ、民間行事でも的射ちや日輪表象に烏が用いられる場合がある。八咫烏との混同は後世の説明に見られるが、由来・機能は区別される。
一般 金霊(および金玉)
かなだま(および かねだま)
金霊・金玉 伝承整理版
霊・亡霊日本各地(江戸・関東・駿河などの記録が目立つ)金霊は道徳的実践への報いを象徴する霊的概念として江戸の絵画や解説に示され、家々の繁栄は天与の理に属すると解かれた。実在の来訪神のように訪問するというより、無欲と善行がもたらす福の「気」と理解される。一方、金玉は怪火・玉状の来訪物として各地に語られ、家内で丁重に祀れば財の縁起を呼ぶが、削ったり傷つけたりすれば滅びの兆しに転ずるという禁忌が随伴する。近世の草双紙や怪談集では、夕空を漂う銭の精の群や、轟音とともに飛来して正直者に入る球体の描写が見られる。昭和以降の再話では家運の興亡と結び付けて解釈される傾向があるが、古記録では象徴性や怪火譚としての性格が強い。地域伝承間で名称と性質が重なり合うため、資料ごとに「金霊」「金玉」の使い分けが異なる点に留意する必要がある。
稀少 金魚灯
きんぎょとう
現代版
住居・器物夏祭り・金魚すくい・提灯文化金魚灯は、夏祭りの提灯の中に閉じ込められた金魚の夢から生まれたとされる妖怪。夜になるとふわりと空を漂い、赤く輝く尾ひれで光を散らす。 迷子になった子供の前に現れ、やさしく道を照らしてくれるが、金魚灯に夢中になりすぎると、逆に祭りの喧騒から遠くへ誘われてしまうこともある。 見た目は小さく愛らしいが、光がふっと消えるときには「夏の終わり」を告げるとも言われている。
一般 釣瓶火
つるべび
伝統像(怪火)
自然現象・自然霊京都府(西院)ほか四国・九州各地の山野江戸期の怪談と石燕の図像に基づく釣瓶火の伝統的解釈。木霊・樹の精に由来する怪火として各地で語られ、青白い火珠が枝先からぶら下がり、井戸の釣瓶のように上下して旅人を惑わす。火勢は見かけほど強くなく、衣や草木に燃え移らないとされる。近世の怪異記には京都西院周辺の火の怪が引例され、近代以降の妖怪事典では釣瓶落とし類似の怪火、あるいは別種として整理される。目撃は月のない晩や霧の立つ夜に多いとされ、近づくとふっと遠のき、離れるとまた寄る。顔の影が浮かぶことがあり、人魂との混同も生じたが、地付きの怪火として伝えられる。
一般 鈴彦姫
すずひこひめ
石燕図版準拠
住居・器物不詳鳥山石燕の図と解説を基調に再構成した像。女性の装いに神楽鈴を戴き、招霊と鎮魂の間を行き来する象徴的存在として示される。実体的な怪異というより、器物(神楽鈴)にまつわる霊性を人格化した表現で、天岩戸神話を想起させつつも神話登場神とは峻別される。江戸の絵師たちが百鬼夜行の系譜に配して描き、月岡芳年も鈴彦姫に比する像を掲げた。出没域は特定されず、神楽奉納の場や祭屋台、社頭の縁日に連想上現れると解される。
一般 鉦五郎
しょうごろう
石燕図版準拠
付喪神・骸怪江戸時代・上方伝承(大阪)鳥山石燕『百器徒然袋』の鉦五郎を基準に、器物に精が宿る付喪神観と、室町期『百鬼夜行絵巻』の鰐口妖怪像を接続して再構成した解釈版。名は言葉遊びに基づくため、特定人物の怨霊化と断定はできないが、上方で喧伝された淀屋の「金の鶏」伝承を踏まえ、富と名利の象徴に対する警めの図像として読まれてきた。絵姿は円形の鉦や鰐口に四肢が生え、自ら鳴動して注意を促す存在として表象される。実地の出没譚は伝わらず、主たる資料は絵巻・妖怪画と注記である。
伝説 鍾馗
しょうき
伝統図像・厄除けの鍾馗
神霊・神格中国由来・日本各地に流布鍾馗は、唐代の逸話を基盤に東アジアへ普及した魔除けの神格で、日本では主に厄除け・疱瘡除けの効験で受容された。図像は長鬚の武人風で、官服に冠を戴き、大きな眼で睨み、片手または両手に剣を持つ。しばしば小鬼を追捕・踏みつけ・袋に詰める姿で描かれる。年頭や端午に掛け軸・幟・屏風として飾られ、町家では屋根の隅や軒先に瓦製像を据える例が多い。日本での最古級の例は平安末の辟邪絵に遡り、室町以降は画題として定着、江戸後期には五月人形化も見られる。像や画は玄関・門・座敷の上座に掛け、疫神・邪霊の侵入を防ぐと信じられた。現代の社祠は限定的だが、近世以来の民間信仰として地域的に継承され、屋根上の鍾馗像は近畿から中部にかけて現在も確認できる。能力は「睨み」と剣勢による邪鬼退散に象徴化され、薬害・流行り病を祓う護符的な機能を担う。
一般 鎌鼬
かまいたち
鎌鼬(伝統譚整理版)
動物変化中部・近畿・信越を中心に各地鎌鼬は、江戸期の絵画や随筆、各地の口承に見える風の怪異名で、現象名と加害主体の双方を指す。北国や山間での旋風・寒風と結びつき、路上で転倒した際の鋭い裂創、痛みや出血の遅延、下肢の受傷が目立つと記される。正体は一定せず、見えぬ小妖、風に乗る獣、あるいは神の仕業とする型が併存する。信越では暦に関する禁忌を破ると遭うとされ、飛騨では三段の作用を語る説話が知られる。中部・近畿ではつむじ風そのものを鎌鼬と呼ぶ例があり、江戸の随筆には旋風後に獣の足跡が残った話が載る。土佐の野鎌のように、葬送に関わる道具が怪異化して同様の傷を与えるとする異名もある。句作では冬の季語として定着し、風災の象徴として用いられる。ここでは史料に見える範囲に留め、特定の土地や人物名を過剰に結びつけず、各地の型を併記して整理する。
一般 長冠
おさこうぶり
図像伝承準拠
住居・器物不詳石燕本の図像・詞書に基づき、冠が自立して行儀正しく歩むかのように描かれるが、その由来は権威に固着した心への諷刺にある。冠は本来、礼と位を正す器であるが、利己のためにそれを外さぬ者には、器が主を呪い、形を得てさまようと解釈されることがある。実見譚や怪異譚は乏しく、主に絵や書の中で言外の戒めとして語られる存在で、沓頬と対に挙げられ、疑われる所作や身の置きどころをわきまえる教訓を担う。芳年など後代の絵師もこれを踏まえ、百器夜行の隊列に冠の精を添えた。近世好事家の間では、冠や笏など礼具が古びると精が宿るとする付喪神観の一例として扱われた。
一般 長壁姫
おさかべひめ
長壁姫(伝統譚準拠)
人妖・半人半妖播磨国(現・兵庫県姫路市)姫路城天守を依代とし、城の鬼門・丑寅方を要とする城郭神的存在として語られる像に拠る。名は「長壁(おさかべ)」のほか小刑部・刑部とも通称があり、近世初頭までは「城ばけ物」として性や姿が一定せず、後に老姫・女怪の像が広まった。由緒は、築城に伴う社の遷座や八天堂の建立と結びつき、城の祭祀秩序に介入する霊力として理解された。人心を見透かし、時に櫛や錣などの実物を証とする怪を示す一方、祈祷や挑発に対し鬼神の大身へと転じる威容も記される。正体は古狐・城の地主神・不詳の姫君霊・人柱譚などが併記され、特定はされない。城主の治政が正しければ鎮護となり、乱れれば祟りをもたらすという、城と共同体の境界を守る霊格としての性格が強い。
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