コックリさん
こっくりさん
狐·狗·狸の合成神·コックリさん
観念運動効果と「偽怪」の意義。基本説明で円了の分類に触れたが、徹底解説ではその科学的解明の意義を深掘りする。観念運動効果(ideomotor effect)は、 1852年にイギリスの生理学者ウィリアム·カーペンターが命名した現象で、ヒトが自覚なしに筋肉を微細に動かしてしまう不随意運動を指す。テーブル·ターニング、ダウジング、ウィジャ盤、そしてコックリさん ── これらは全て同じ原理で硬貨や指針が動く。円了は明治期の日本でこの欧米最新理論を独自に検証し、「妖怪は科学で説明できる」ことを示した点で、戦前日本の啓蒙的合理主義の代表的事例となった。コックリさんの不思議は「物理的不思議」ではなく「無意識という心理的不思議」へと移し替えられた。 「狐狗狸」三獣の選択。「こっくり」という音にどんな漢字を当てるかは恣意的選択だが、「狐·狗·狸」の三獣が選ばれた背景には日本の動物霊信仰の系譜がある。狐は稲荷信仰·玉藻前等で人を化かす能力の代表、狸は変化·腹鼓·分福茶釜等で同じく化けの名手、狗 (犬) は犬神·御犬様等で土俗的に憑霊の媒介となる動物として知られる。三獣の合成は江戸期以来の動物変化譚の三大代表を一括召喚するという発想で、 1884年下田起源説の異質性 (西洋テーブル·ターニング) を、日本の伝統的霊観念で包み直した知的工夫の産物である。 学校空間における呼出儀礼の継承。 1970年代の児童ブーム以降、コックリさんは小学校·中学校の休み時間や放課後の重要な遊戯となった。民俗学者宮田登は『妖怪の民俗学』 (岩波書店、 1985) で、戦後日本の学校が新しい「呼出儀礼の場」となったと指摘する。コックリさん (1970代-) → 花子さん (1980代-) → 八尺様 (2008-)。これらは全て「学校空間で霊を呼び出す/封じる」という共通構造を持ち、平安期以来の呪術儀礼 (丑の刻参り·尊勝陀羅尼の唱誦等) が世俗化·遊戯化された現代版と読める。 禁止令と「正しい終わり方」の伝承。 1970年代後半から80年代にかけて、多くの学校でコックリさん禁止令が出された。これは児童の異常行動 (集団ヒステリー·過呼吸·トランス状態) の頻発に対応するもので、観念運動効果が集団心理と結合した時の効果を示す事例である。それと並行して「正しい終わり方」の伝承が児童間で精密化した ── 「ありがとうございました」と全員で唱える、硬貨を鳥居に戻す、紙を破って捨てるか焼く、等。これらの儀礼的手順は中世以来の呪詛解除作法 (反閇·散米·散塩) と構造的に類似しており、現代の児童が無自覚に古典呪術儀礼を再演している事例として民俗学的に注目される。 漫画·アニメでの再造形。つのだじろう『うしろの百太郎』 (1973-1980) 以降、コックリさんは漫画·アニメで反復登場する定番モチーフとなった。 1995年東宝『学校の怪談 2』 (平山秀幸監督) でも重要な要素として登場し、 2012年TVアニメ『妖狐×僕SS』では主人公の血筋にコックリさんが組み込まれた。近年では『繰繰れ! コックリさん』 (遠藤ミドリ作、スクウェア·エニックス『月刊 G ファンタジー』 2011-2016連載、 2014年 TVアニメ化) のように、コックリさんを擬人化したコメディ漫画も大ヒットしている。明治の科学的解明と現代のサブカル受容が同じ怪を媒介に交差する稀有な事例となっている。 2010年代の現代版コックリさん。 2015年頃には中高生のあいだで現代版コックリさんが再流行した。これはスマートフォンアプリで五十音盤を表示し、友人と複数の指を画面に置いて動かす形式で、一部学校では生徒が大声を上げたり奇声を発する事例が報じられ、指導に踏み切った学校が現れた。 140年前に伊豆下田で漂着船員が見せたテーブル·ターニングが、形を変えながら現代日本の児童·中高生文化に脈々と継承されている ── これがコックリさんの最も特異な点である。