中世軍記・御伽草子群および近世演劇が形作った像に基づく解釈。酒呑童子の第一の腹心として大江山に拠り、頼光の奇策に遭って敗走。後日談として一条戻橋や羅城門で渡辺綱の腕斬・奪還譚が語られる。出生地や性別に諸説があるが、地域伝承では摂津・越後双方に痕跡が見られる。ここでは史料上流布の多い筋立てを骨格とし、余計な潤色を避ける。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
酒呑童子の股肱とされる鬼で、その副将格として大江山の賊徒に名を連ねたと伝わる。出生は摂津国(富松・茨木の里)[1]説と越後国(古志郡軽井沢)説があり、いずれも幼少より異相と剛力を示し、母や里を畏れさせて山へ入ったと語られる。最もよく知られるのは、『平家物語』剣巻[2]系に基づく説話で、渡辺綱に片腕を斬られた鬼が、のちに綱の伯母に化けて腕を奪い返す筋である。中世以降、この鬼が茨木童子と同定され、能『羅生門』や歌舞伎・浄瑠璃で広く演じられた。
『平家物語』剣巻[2]では、渡辺綱が一条戻橋で美女に出会い馬に乗せたところ、女は鬼と化して綱の髻を掴み愛宕山へ攫おうとする。綱は名刀髭切で鬼の片腕を斬り落として難を逃れ、以後この刀は鬼切と呼ばれたという。綱は腕を持ち帰り物忌みするが、訪ねてきた伯母(養母)を招き入れたところ、その正体は鬼で、腕を取り返して飛び去った。この鬼を茨木童子とする同定は後世の付会で、剣巻自体は鬼の名を明示しない。地誌では摂津の出生譚[1]が記され、尼崎・茨木周辺に遺称地が残るとされる。越後では弥彦の縁起に名が現れる土俗伝承も伝わるが、いずれも近世の地域的脚色が大きい。
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中世軍記・御伽草子群および近世演劇が形作った像に基づく解釈。酒呑童子の第一の腹心として大江山に拠り、頼光の奇策に遭って敗走。後日談として一条戻橋や羅城門で渡辺綱の腕斬・奪還譚が語られる。出生地や性別に諸説があるが、地域伝承では摂津・越後双方に痕跡が見られる。ここでは史料上流布の多い筋立てを骨格とし、余計な潤色を避ける。
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下図は綱に腕斬らるる・茨木童子の診断評価図です。各項目の値が高いほど、その特性が強く表されていることを示しています。