妖怪図鑑
日本の妖怪大百科
稀少 閃球鬼
せんきゅうき
現代版
住居・器物縁日の夜店、校庭閃球鬼は、夏祭りの夜に使い古された悠悠球が月の光を浴びて妖怪化した存在。 その動きは稲妻のように速く、放たれるたびに「光の軌跡」を残す。 時に人の手首に糸を絡め、時に夜空で舞いながら妖しく光り、見る者を魅了する。 だが、うまく扱えない者が持つと糸が暴れ、持ち主を転ばせたり、物を倒したりと悪戯を働く。
一般 陰摩羅鬼
おんもらき
陰摩羅鬼(図像・伝統準拠)
動物変化日本(伝本は中国由来)図像は鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に拠り、鶴に似た黒い体、灯火のごとき眼光、羽を震わせる鳴声を特色とする。由来は新しき死体の気が化したもので、寺院で読経や供養が欠けた際に出現すると解される。中国伝承の枠組みが日本に移入され、江戸期の奇談集で再話された。怨恨よりも未了の供養や仮置きの屍という環境に応じて現れる点が重視され、寺社空間の規範を支える教訓的怪異である。目撃は一瞬で、近寄れば消え、痕跡は乏しい。姿そのものが警鐘であり、出現は供養の不備を示す徴として理解される。
一般 隠れ座頭
かくれざとう
伝承準拠
山野の怪奥羽・関東一帯(北海道・秋田・関東)隠れ座頭を、東北・関東の山間や巌窟に潜む座頭の怪として整理する版。夜半、踏唐臼や踏みがらの搗音、米搗きに似る連打音を立てる。音の主は姿を見せず、家々の道具を「借りて」去るとされ、そっと見に行けば隣家から音がしていた、などの伝承がある。子攫いとする地域もあれば、正直者に餅や宝を授け長者にする福神的相を帯びる地域もある。近世以降、隠れ里観念と座頭への神秘視が習合し、見えぬ民(洞窟の住民)として認識された。物音の正体を昆虫の羽音になぞらえる近代的解釈も民間に残るが、怪異の担い手としては座頭姿の霊的存在として語り継がれている。
一般 隠神刑部
いぬがみぎょうぶ
講談伝承準拠
動物変化伊予国(現・愛媛県)松山隠神刑部像は、松山の狸譚が講談で再編された過程を踏まえて理解されるべき存在である。元来、四国一帯に濃密な狸信仰と変化譚が分布し、松山では城下と山野の境に棲む「守り」と「化かし」の両義が語られた。刑部の称は城との結縁を示し、守護者としての面目が強調される一方、家中騒動の折には不可侵の約定やだまし討ちなど、講談が好む葛藤が付与され、多様な筋立てが派生した。いずれの型でも、久万山の岩屋・洞窟が終局の舞台となり、封じや鎮めによって物語が収束する点は共通する。稲生武太夫の登場も定番化したが、これは他資料で知られる物怪退治譚が接続された結果であり、松山側の狸譚に超自然的な裁きの権威を与える働きを担ったとみられる。神通力や眷属の多さは、地域の狸観念(群れを率いる頭目像)に合致し、城下の年中行事や峠・社頭での怪を説明する枠組みとして機能した。今日伝わる伝承は講談的潤色を含むが、核には城と山の境域を守る狸の首領という像が残る。
一般 雨女
あめおんな
伝承整理版(雨を呼ぶ女霊)
天候・災異各地(とくに信州・関東の伝承あり)雨女は史料上、石燕の画に端緒が見えるが、同書では楚の故事を踏まえた寓意が強く、単独の怪異像は薄い。各地の口承では二つの類型が目立つ。ひとつは雨夜に現れて子を狙う女の怪(信州の「雨おんば」など)で、夜道で泣く子に近づく、袋を負う、といった断片的モチーフが語られる。もうひとつは旱天に雨を招く霊格で、雨乞い・社人の祈祷と結びつき、恵雨の象徴として畏敬される。これらは相互に矛盾するというより、雨がもたらす利益と災厄を両面から表した民俗的解釈とみられる。近世以降、「雨を呼ぶ人」を指す俗称として個人に貼られる呼び名も定着したが、これは人格評であり妖怪像とは区別される。資料は地域差が大きく、具体の名前や典拠が不詳とされる話も多い。
一般 雨降小僧
あめふりこぞう
雨仕童
住居・器物江戸鳥山石燕の図像を基調に、雨師に仕える侍童としての性格を前面化したバージョン。中骨を抜いた和傘を頭巾のように被り、手に提灯を持つ姿で現れる。出自は民間の口承よりも版本に根差し、黄表紙では小間使い的に登場する。雨と貴人奉仕の観念が重なり、小さ子神系の従者像として理解されてきた。雨そのものを呼ぶ明示的な神格は持たず、あくまで雨の権能を司る存在への従属が示唆されるに留まる。描写は一つ目・笠・提灯など時期や本によって揺れがあり、確定的な統一像はない。土地固有の来歴は不詳で、江戸の出版文化に支えられて広まった点が特徴である。
珍しい 雪女
ゆきおんな
雪女(伝承像)
自然現象・自然霊雪国雪のように白い肌と長い黒髪を持つ美しい女性の姿。冬の夜に雪原に現れ、美しくも悲しい歌を歌う。その美しさは見る者の心を奪うが、同時に深い孤独感も感じさせる。愛を求めながらも、触れることのできない存在として永遠に雪の中を彷徨っている。
一般 雪爺
ゆきじじい
山中に立つ雪の長老
自然現象・自然霊東北・北陸・甲信地方の山地(不詳)吹雪の帳が下りるとき、雪爺は白装束の老体で現れ、遠間から呼びかけて人の方向感覚を奪う。雪にまつわる怪異譚の系譜に属し、雪女・雪入道と機能が重なるが、老形である点が特徴。姿ははっきりせず、近づくほど霞み、声のみが背後から響くと語られる。民俗的には雪害の戒めとして機能する象徴的存在と解される。
一般 雲外鏡
うんがいきょう
伝統解釈(石燕本準拠)
住居・器物江戸本バージョンは鳥山石燕の図と文言を基礎に、照魔鏡観念との結び付きを重視する。鏡面には怪の貌が浮かぶが、必ずしも外に現れた妖怪を写すのではなく、鏡そのものに宿った霊が姿を取ると解される。付喪神譚の系譜上、長年用いられた器物が霊性を帯びるという通念に合致し、持ち主の扱い次第で機嫌を変えると語られる場合がある。近世の版本挿図に依拠するため、具体の出没譚や被害談は少なく、夜分に仄暗い座敷で鏡を覗くと異相が映る、という類の一般的怪談枠で伝えられる。後世の狸姿や見世物的能力付与は映画・児童書由来とされ、古典的像とは区別される。
一般 雷獣
らいじゅう
久慈郡伝承の雷獣
動物変化常陸国(現・茨城県久慈郡)苗代期の雷鳴に伴い降り、田を荒すと畏れられた在地像。追儺のため割竹を鳴らす所作や、田に竹を立て帰路を示す民俗が随伴する。人に直接害を加えるより、落雷による災いの擬人化として理解され、近づいた者は気を奪われると語られる。食性や容貌は一定せず、鼬・狸・猫に似るなど多様な言い伝えがある。
稀少 電車風童
でんしゃふうどう
現代版
人妖・半人半妖大都市の通勤路線ラッシュ時に出現頻度が高く、車内の流れを読みながら微風から一陣の通風まで自在に操る。混雑で空気が滞ると、車両端から入り中央を抜け、空調の弱点を補うように通り道を作る。臭気は小さな渦に封じ、次の駅でドアが開く瞬間に外へ流す。親切や譲り合いには長く寄り添い、乗客の肩口に涼を結ぶ。迷惑行為には首筋一点だけを冷たく刺し、汗や香水の過度な匂いはそっと薄めて互いの面目を守る。ときに換気ボタンや空調の設定を「風のいたずら」で最適に誘導し、車掌の判断を助けることも。嵐の日は過剰に吹かず、帽子や紙を飛ばさぬよう慎む。終電では眠る者の息を整え、酔いの粗さを削いで小競り合いを避けさせる。
一般 青坊主
あおぼうず
伝統図像・諸国譚の青坊主
総称・汎称各地(和歌山・福島・岐阜・広島・静岡・長野・岡山・山口・香川など)江戸の絵巻や各地の採訪資料に見える像を基調とする青坊主像。外見は青味を帯びた僧形、または一つ目の法師として示されることがあり、実体は動物の変化、山の神の権現、あるいは素性不詳の怪異として語られる。子どもの外出を戒める民俗的機能や、山野・空家での怪異譚、禁忌提示の口承を担う。特定の固有名や起源は定まらず、地域により出現条件・言行が異なる。石燕図は説明を欠くため、諸本の「目一つ坊」や未熟の僧を寓意する説が併記されてきたが、いずれも確説ではない。現代以前の口承に即し、具体像は「青い法師」「大坊主」「小坊主」など複数の呼称で並存する。
伝説 青竜
せいりゅう
四神・東方守護の青竜
動物変化日本(大陸伝来)青竜は星宿と方位思想に根ざす守護の霊獣で、実体を持つ怪異というより象徴的存在として理解される。日本では方除けや鎮護の目的で社寺・宮殿の装飾、地相観の指標として重んじられ、東方・春・木徳の調和を司る。川が都の東を巡ることを吉とする伝承や、屋敷の東に樹林を配す作法など、環境整備の理としても受容された。絵画や彫金においては長躯の龍体に青緑の鱗、角と鬣を伴う姿が定型化し、瑞兆・守護の徴として敬われる。怪異をふるう話は乏しく、むしろ災いを遠ざけ、季節の始まりを告げる徴として静かに顕れると語られる。
一般 青行燈
あおあんどん
図像化・鬼女像
住居・器物江戸鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』により広まった青行燈の鬼女像。黒髪に角、白装束、鉄漿の歯といった要素で、百物語の極点で姿をとる象徴的存在として描写される。史料上は具体的な出没記録が少なく、百物語という儀礼・演出が生む心理的緊張や共同の恐怖の可視化とみなされることが多い。図の前に置かれた裁縫道具や櫛、手紙は情念を示す小道具として読まれ、語り手・聞き手の想像を媒介する。青紙を貼った行燈の青白い光は境界的時間を作り、灯火・沈黙・数え上げが重なると怪異が現前すると考えられた。
一般 青鷺火
あおさぎび
伝統譚準拠
動物変化各地(主に江戸・大和・佐渡などの伝承)青鷺火は、五位鷺などの夜行性のサギが夜空や水面上で青白く光って見える現象として語られる。江戸期には石燕の画図に描かれ、随筆類にも多く採録された。柳や梅の古木、河口・入り江、寺社の境内など「気の集まる場所」に怪火が留まると恐れられ、その正体が射落としてサギと判明した例が伝わる。月光や水面の反射、濡れ羽の光沢、胸元の白毛の反射、あるいは水辺の微生物の付着といった説明が近世から既に言及され、人々は自然現象と妖怪譚の境を行き来させて受容した。老成したゴイサギが季節により淡光を帯びる、火の玉に化する、口より火を吐くといった語りも併存し、怪火譚・妖鳥譚・龍燈譚が互いに交差するのが特徴である。恐怖譚でありながら、射落とされた後はただの鳥であったと結ぶ結末も多く、見まがいの怪としての性格が強い。
一般 面霊気
めんれいき
伝統図像解釈
付喪神・骸怪不詳鳥山石燕の画と注記を基軸に、能・猿楽の面が長い歳月で気を帯びた姿として解する版。面そのものに宿る霊的な「気」が夜分に立ちあらわれ、棚や箱から抜け出して並び舞うとされる。人を無闇に害さず、乱暴に扱われた場合のみ恨みを示すという後世の付喪神的性格付けが加わるが、根幹は面の精妙さが生む生気の寓意である。芸道を重んずる家では祀り清め、虫干しや手入れに際して言祝ぎを述べ、霊威を鎮めると伝えられる。
一般 頼豪
らいごう
鉄鼠(頼豪怨霊譚)
霊・亡霊近江国(園城寺)頼豪の霊が鼠の群体あるいは鉄の毛皮を持つ怪鼠「鉄鼠」となり、延暦寺の経蔵を食い破ったとする中世説話を基盤とするバージョン。寺社勢力間の対立が怨霊化の物語構造に投影され、修法の効験と報復の観念が結びつく。文献上は軍記物語の記述が主で、実在の僧伝と怨霊譚が混淆して定着した。後世の読本や絵画はこの像を増幅し、鼠害・経巻損壊を象徴化して描くが、核心は「怨恨の霊が器物・経典に災いをなす」という民俗的類型にある。
一般 飛縁魔
ひのえんま
教訓譚・古典図像準拠
人妖・半人半妖江戸飛縁魔は実体的怪異というより、色欲に由る破滅を可視化した〈名〉である。近世読本・怪談にみられる宗教的訓誡の系譜に属し、菩薩相と夜叉相の二相で描かれることが多い。人の前に直接出現するというより、縁に魔障が差し挟まる出来事を指して名づける語法が原義に近い。後世には吸精・奪気の妖女像と混淆される扱いも見られるが、古典では教訓性が主眼で、具体の地名・人物に結びつく固有譚は乏しい。ここでは古典の枠に従い、誘惑・迷妄・家運衰微の連鎖を招く象徴的存在として整理する。
一般 餓鬼憑き
がきつき
伝統版・峠の餓鬼憑き
鬼・巨怪各地(神奈川県・和歌山県・高知県・新潟県など)峠道や山中で遭うとされる典型的な餓鬼憑きの像。背景には合戦や行き倒れによる餓死者の霊があると理解され、旅人は少量の食を携え、通過前に峠へ供えることで難を避けた。発症は突然で、激しい空腹感、四肢の力抜け、足が前へ出ないといった訴えが中心で、しばしば日陰や風の通る場所で動けなくなる。対処は簡便で、米粒一つ、塩気のある握り飯の欠片、干物の端など、口に含むだけで憑きが弛むとされる。予防としては、弁当の一口分を山の神や行き倒れの霊へ撒く、道端の地蔵へ供えるなどが語られる。重い食を急にとることは避け、粥や雑炊で腹を慣らすとよいともいう。海辺では磯餓鬼、盆地や農村ではひだる神、四国ではジキトリなど名称は違えど、症状と対処はほぼ共通で、地域の死者供養や路傍供養の実践と密接に結びついている。
一般 馬憑き
うまつき
伝統譚ベース
霊・亡霊日本各地(三河・遠江・阿波・武蔵など)近世の説話・随筆に散見される「馬の怨霊による憑依」の総称。背景には殺生戒や飼育倫理への戒めがあり、虐待・過労死・粗末な処分などが契機となる。症状は嘶き、四肢の不随意運動、雑水を求める、自己咬傷、馬の視覚体験の訴え、加害者への怨言の代弁など。憑依主体は特定の個馬霊とされる場合と、畜生道の報いとして一般化される場合がある。対処は加持祈祷、追善供養、墓所の整備や供えなどが記されるが、効験は事例により異なる。地域は三河・遠江・阿波・武蔵・播磨などに分布が見え、職能では馬方・武家・百姓に及ぶ。創作色の強い奇談もあるが、全体として動物供養と倫理を説く教訓譚として機能した。
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