稀少
伝統妖怪

基本説明

邪魅(じゃみ)は、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(安永八年=一七七九年刊)の「雨」の部に収められた妖怪である。図に添えられた石燕の注記は「邪魅は魑魅(ちみ)の類なり、妖邪(ようじゃ)の悪気なるべし」と簡潔に記すのみで、固有の物語や来歴をもつ怪というより、山林に満ちる邪悪の気、人を害する魔的な精の総称として観念的に提示されている。石燕の絵では、痩せ衰えた異形の鬼形が身をかがめて描かれ、個体としての性格づけは希薄で、瘴気(しょうき)・祟り・病といった目に見えぬ災厄の擬人化に近い。語の出自は日本固有の伝承ではなく、『春秋左氏伝』以来の漢籍で説かれる「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」――山沢や木石の精気から生じ人に禍をなすとされた精怪の群――のうち「魅」の一字を取り、石燕が一個の図像へ再構成したものと解される。すなわち邪魅は、中国の文献世界で育まれた魔の観念が、江戸の妖怪画というメディアを介して日本の妖怪体系へ取り込まれた一例として位置づけられ、石燕一流の漢学的教養と造形意匠とが結び合った産物といえる。

民話・伝承

邪魅は土地に根ざした口承伝承を欠き、その内実はもっぱら漢籍に遡って理解される。語幹をなす「魑魅」の出典は『春秋左氏伝』宣公三年に見える「螭魅罔両(ちみもうりょう)」で、夏王朝が九州の金を集めて鼎(かなえ)を鋳、万物の形を象(かたど)って民に神と妖(あやかし)を識別させた、ゆえに民が山林川沢に入っても怪異に遭わなかった――との文脈に現れる。後漢以降の注釈は「螭(魑)」を獣形の山神、「魅」を怪物と解し、ここから「山林の精気より生ずるばけもの」という魑魅の観念が定着した。邪魅はこの系譜の延長にあり、石燕はその「魅」を独立した一個の妖怪像として図像化したのである。中国の『神仙伝』には、仙人・王遙(おうよう)が魔に魅入られて病んだ者を治す際、地に獄(牢)を描いてその中へ邪なる魅を呼び出し、正体を現したところを封じて病を癒したという類の説話が見え、後世これを邪魅の典拠に擬する解釈がある。「目に見えぬ精怪が人にとり憑いて病をもたらし、術者がこれを召し出して制する」という構図は、漢土の魑魅魍魎観や道教の符術・召喚の作法に通じる。本邦では固有の発生譚や地域の目撃譚はほとんど伝わらず、邪魅はもっぱら石燕の図像を媒介に「魑魅魍魎の一種」と受け取られるにとどまった。近代以降、水木しげるはこれを「他人から恨みを買った者にだけとり憑く」精と性格づけて紹介したが、これは石燕の注記には無い後世の敷衍であり、原典の裏づけを伴うものではない。総じて邪魅をめぐる「物語」は、特定の事件の記録ではなく、病や災厄をもたらす不可視の悪気を一個の妖怪像へ結晶させた、近世日本の妖怪観そのものの所産といえる。なお邪魅を確たる出典なき石燕の創作的造形と見る立場もあり、その由来をどこまで漢籍に帰しうるかは慎重な検討を要する。

妖怪カード1

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徹底解説

石燕が中国起源の魔的概念を日本の妖怪体系に配列した事例としての邪魅像を整理する。原義は「邪なる魅(まじもの)」で、魑魅の範疇に置かれ、山林や荒野の陰気が凝り、人の心身を損なう存在とされた。具体的な姿形は典籍上固定されず、図像は観念の可視化に近い。被害は発熱や幻惑、狂躁など病と不可視の祟りの中間に位置づけられ、原因が怨恨や穢れに接したことで誘発されると解釈される場合がある。対処は禁呪・符籍・結界の類で、地に牢を描き「呼び出して封ずる」術式が伝えられ、名を問うて縛る、器物に遷すといった手続が説かれる。日本では固有の祀りや祭祀対象としての展開は乏しく、魍魎と混称されるなど総称的に扱われた。民俗的には瘴気・物の怪・付喪神とは区別され、自然地の陰気と怨みが交錯する場に現れる抽象度の高い妖怪概念といえる。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
執拗で陰険
相性
孤立した者・怨みを受けた者に寄りやすいと解される
能力・特技
瘴気を発して病を誘う人心を惑わし怒りや怨みを増幅させる姿を現さずに取り憑く呼び名を識られると弱まる
弱点
符咒・結界・塩や清浄の水, 名指しと封印の術, 日中の直射と風通しの良い環境
生息地
山林の陰地, 谷間の霧立つ場所, 人里の裏手や荒れ地

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出典・参考文献

4
  1. 今昔續百鬼(今昔畫圖續百鬼) [図像資料]
  2. 春秋左氏伝(宣公三年・螭魅罔両)左丘明(伝)((魑魅魍魎の語の典拠/杜預注ほか), 戦国期成立) [古典文献]
  3. 神仙伝葛洪(伝)((中国の神仙説話集/魔物を呼び出し封ずる術の記事), 晋代(4世紀)) [古典文献]
  4. 図説 日本妖怪大全(邪魅の項)水木しげる(講談社(+日本妖怪大事典ほか), 1994年) [古典文献]

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