妖怪図鑑
日本の妖怪大百科
稀少 
乳鉢坊
にゅうばちぼう
銅盤を戴く鳴り物・乳鉢坊
住居・器物 不詳 (石燕『百器徒然袋』・銅盤を戴く鳴り物) 室町期の百鬼夜行絵巻に見える銅盤状の怪を先行例とし、江戸期の鳥山石燕が『百器徒然袋』で銅盤を戴く人影として造形化した版。石燕は器物が妖となる図像を多用し、乳鉢坊もその一つだが、本文註は簡略で行状は定まらない。寺社の法会や芝居の鳴り物である鐃鈸・銅鈸子・摺鉦など、名称や形態が交錯する中で、後代の解説は“鳴らして人を驚かす”性を補ってきた。地域伝承は特定されず、器物怪の総体の中で図像的に認識される型である。今日伝えられる性質は、民俗資料の断片と近現代の妖怪解説書による再解釈に負うところが大きい。
名妖 
二口女
ふたくちおんな
後頭の蛇髪口・二口女
人妖・半人半妖 江戸 (『絵本百物語』・倹約戒めの譚) 江戸の奇談に即し、後頭の口が本体の空腹を増幅させる型。表の口は少食を装うが、背の口が髪を操って器を引き寄せる。周囲の食を盗み食いするため家内不和の因となり、家計や恥を巡る語りとともに伝えられた。視覚表現では、結髪の間から牙の生えた口が覗く図が通例で、音や匂いに敏いとされるが、人前では巧みに隠す。
稀少 
五体面
ごたいめん
頭から手足直付け・五体面
山野の怪 不詳 (江戸期妖怪絵巻の図像) 江戸期の妖怪絵巻に反復して現れる、頭部に手足が直付けされた異形の図像を基準とする版。史料には説明文を欠くものが多く、名称も「五体面」「下国の人」など揺れがある。図はしばしば蟹股で横歩きの姿勢を取り、視覚的な違和や滑稽味を強調する。民俗学的には、視覚的奇態を通じて世間体や筋違いを戯画化した可能性が論じられる一方、直接の口承は確認されない。ゆえに本版は図像の反復性と名称の分布を重視し、行状や霊能を付会せず、出現場も一般的な屋外景としてとどめる。後世の研究・解説は参照するが、原史料以上の属性付与は避ける立場を取る。
稀少 
五徳猫
ごとくねこ
囲炉裏の二尾化け猫・五徳猫
動物変化 不詳 (石燕『百器徒然袋』・二尾化け猫) 本バージョンは、鳥山石燕の原図と先行図像を基準に再構成した五徳猫像である。二股の尾を持つ老猫が器物の五徳を冠のように戴き、囲炉裏の縁に佇む。石燕は『百器徒然袋』で器物怪と動物怪の境界を遊び、注で『徒然草』の「五徳の冠者」を引き、語呂をもって解釈を与えた。これにより、五徳猫は単なる化け猫ではなく、道具と文芸的典拠が結びついた象徴的存在として位置づけられる。室町の『百鬼夜行絵巻』に見える五徳を戴く妖怪は、器物を頭上に載せた群像の一つであり、石燕はその系譜を継ぎつつ猫相を与えたと見られる。昭和以降に広まった「自ら火を起こす」像は、図中の火吹き竹の表現から派生した後年の推測で、古記録に具体の所行は明示されない。従って本位では、囲炉裏辺で現れて火の気配とともに目撃される存在として抑制的に捉える。
稀少 
人面樹
にんめんじゅ
人面花の異木・人面樹
自然現象・自然霊 中国 (『和漢三才図会』等・人面の異木) 江戸期の博物図譜的記事を基盤とし、石燕の画意を踏まえた像。山谷に叢生する樹で、枝先に人面に似た花をつける。花は人語を解さず、呼びかけや物音に応じて笑みを浮かべるとされる。笑いが重なれば花弁は力を失い、やがて萎れて落ちる。日本では異国奇談として受容され、在地の地名や逸話の具体性は伴わない。花の表情は老若さまざまで、風に揺れて歯を見せ笑う姿がしばしば図像化される。実体は不詳で、植物の精か、希代の異木として記録的に扱われ、恐怖よりも稀観として語られた。
名妖 
人魂
ひとだま
夜空に漂う魂火・人魂
霊・亡霊 日本各地 (魂が火として顕れる観念) 人魂の伝統的理解に基づく記述。人の死期や強い情念に呼応して現れる霊火で、家筋や縁者のもとへ飛来すると語られる。高さは人の肩より低いあたりを漂い、微かな尾を曳く。風に流されるようでいて、目的地へ向かうかのごとく進むとも言われる。色は青白が多いが地域差があり、橙や赤とされる例も少なくない。寺社の境内、墓地、古道、田畦、池端など、人の往還や境界に近い場所での目撃談が多い。近世の随筆や地誌、近代民俗採集でも「臨終前のあいさつ火」「別れ火」の語が見られ、混同されやすい鬼火・狐火とは由来を異にする存在と整理される。科学的解釈も試みられたが、伝承上は魂の去来を示す徴と受けとめられてきた。
伝説 
付喪神
つくもがみ
百年経たる器物霊・付喪神
住居・器物 畿内中世 (『付喪神絵巻』・百年経た器物) 室町期の絵巻群に基づく像を要とする。器物は長年の使用で霊性を帯び、粗末に捨てられると怨みを抱き騒擾する。しかし仏法の力や祈祷、改めて大切にされることで心を和らげ、守護的に振る舞うとも解される。数値としての百年は象徴的で、時間の堆積による霊威化を物語的に表したものと見なされる。図像は人形・鬼形・獣形など多様で、五徳・盥・銚子など生活具の変化がしばしば挙げられる。近世以降は呼称の伝播が薄れるが、百鬼夜行の行列像の中で器物の妖が継続して描かれ、道具観と無常観を映す主題として受容された。地域固有の名付けは定まらず、語の出典は主に『付喪神絵巻』と古注の語釈に限られる。創作的付会は避け、道具を惜しみ敬う心を説く教訓譚として伝えられる。
名妖 
以津真天
いつまで
いつまでと鳴く死告・以津真天
動物変化 京都府京都市 (『太平記』紫宸殿屋根の怪鳥) 以津真天は夜の闇に溶け込むように現れ、黒や紫の妖気をまといながら飛翔する。翼は異様に大きく、眼は妖しく輝き、見る者に強烈な不安を与える。その声は「いつまで…」と人語のように響き、聞いた者の寿命を告げるとされた。 災厄や戦乱の前に出没するとも言われ、人々に畏怖と畏敬を同時に抱かせた。
名妖 
件
くだん
天保丹後の予言獣・件
人妖・半人半妖 京都府丹後・山口県ほか (人面牛身の予言獣) 江戸後期、瓦版・版本を通じて流布した件像。人面牛身で、出現ののち予言を述べ、まもなく絶命するとされる。天保期の瓦版には丹後出現譚が見え、豊凶や厄除の効験が強調され、件の図像を掲げることが推奨された例もある。一方、越中国立山の「くたべ」は1820年代以降の記録に現れ、女面や老人面、鋭い爪、胴体に目が描かれるなど像容に幅がある。両者は予言・疫病除けの効用を語られる点で通底し、災厄期に流布が増す傾向が指摘される。証文末尾の定型句「件の如し」と怪物「件」を同一由来とする俗説は、語の歴史(中世以前の用例)から否定的に見られる。民俗的には、出現・告知・短命・図像護符化という定型が核であり、具体の地名・年代や効験の内容は史料により異同が大きい。
名妖 
件
くだん
倉橋山の護符告示・件
人妖・半人半妖 京都府丹後・山口県ほか (人面牛身の予言獣) 倉橋山護符告示の件は、天保の飢饉を境に与謝郡の山間から現れたと伝えられる版で、半牛半人の姿ながら面相はやや若く、額広く眼はうるみ、口許はわずかに上がる。牛の身体は痩せて肋が浮くが、背に朝露のごとき白斑が散り、これが年の兆しを示す印とされた。出現は多く夜半から曙の間、山裾の田の畔、あるいは村境の祠前に限られ、見届け人はたいてい用足しや夜回りの者である。件は三度までしか言葉を発しない。その第一に「疫の路(みち)」を告げ、どの方角から病が入り、何月に強まるかを定める。第二に「貼り図の作法」を詳らかにする。すなわち自らの像を片紙に描き、戸口内側の梁、または米俵の上に北向きで貼ること、墨は新しい煤、紙は前年の秋祭りで供えた半紙を用いること、家ごとに一枚までとすること。第三に「年の相」を述べ、豊凶と屋内の守りごとを短句で遺す。語り終えるや、件は田畔の草を噛み、首を垂れて息を細め、日の出までに力尽きる。村はその体を山根へ運び、土を浅く掛け、上に笹一枝を挿す。七日を経て掘り返すと骨は柔らかく、爪のみ硬く残り、これを筆軸に差して護符の縁をなぞれば、厄が家外へ流れるとされた。護符の図様は定型があり、人面の額中央に一筋の縦皺、牛身の肩に三つの白点、尻尾は二股で左へ流す。図様を誤れば効験薄く、特に尻尾を右へ流すと病方角が逆転して災いを招くと恐れられた。件はまた、「貼り替えの時」を一年に二度、麦秋と霜月朔に限ると教える。図を描く者は手を塩で清め、夜は灯を弱く、声を交わさず描写し、描き終わりに「ただし此の家のみならず、隣里にも及ぶ」と小さく記す。これを守る家は家内の争い少なく、田の虫害も軽いという。倉橋山の件は、吉兆と疫災除けを併せて告げる点で予言獣の典型に近いが、商いの利得や戦の勝敗には触れず、あくまで家内と田畑に限って言葉を置く。倉橋山の瓦版には、件の像を蔵や土間に掲げれば「穀蔵の湿り退き、病気戸口に留まらず」とあり、遠村へ伝える際は写しを三夜のうちに回すべしと記される。写しが遅れると効果が萎むとされ、村々で夜走りの若者がこれを担った。後世、証文末尾の語を件に結びつける話も交じるが、この版では禁じ手とし、護符文言にその語を用いると効験を損なうと戒める。姿を見た者は一時熱にうなされるが、七日の後に軽くなり、以後三年は大病を避けるという。件の短命は世に長く留まらぬ誓いゆえで、土へ返るほどにその言は深まると伝えられる。
名妖 
件
くだん
胎より人語の託生・件
人妖・半人半妖 京都府丹後・山口県ほか (人面牛身の予言獣) この「牛の子・託生予言版」の件は、人牛の雑貌をもって生まれながら、母牛の胎より出るや即座に人語を操り、己が名を「くだん」と称すよう求める。出自は人家の牛舎、あるいは山裾の放牧場に限られ、野に忽然と現れる型とは区別される。顔は若き女面から痩せた老人面まで揺れ幅があるが、いずれも瞳は潤み、瞠目せずに聴き手の胸を射抜くように据わる。産声の代わりに短い嘆息を洩らし、まず母牛を屠るなと諭すのが通例で、続けて七年ほどの豊熟と家内の繁昌、あるいは流行病の退散を告げ、八年目に兵乱や凶変の影が及ぶと明言する。予言の終わりには自らの短命を淡然と述べ、三日を出でずに絶えると伝える。死骸は土に浅く納むれば禍を防ぐとし、見世物とすれば家門に陰が差すと戒める。されど、好事家により剥製や絵像として留められる例も古く、瓦版や記録書にその姿を写すことは、むしろ護符の役を果たすと容認する。託生予言版の言は、作柄や疫の流行、旱魃、戦雲といった広域の事象に限られ、個人の吉凶を問うときは黙して応えない。これは言の重さを汚さぬためで、無用の占筮と同列にならぬよう、聞き手の分別を試す作法でもある。予言が真となるほど、母牛は翌年以降も健やかで、家の牛馬は災に逢いにくいと伝える。一方、託生の刻を冗談視して騒ぎ立てれば、件は舌を噛み血を滲ませ、言葉を閉ざすとされる。姿を絵に写す際は、角は短く、首は太く、胴は仔牛の丸みを留める。脚は四、尾は藁縄のように細長く、蹄は小さい。額に渦毛が一つあり、そこへ墨印を押して家内に掲げれば、七年の間は火難盗難を避けると信じられた。生まれ落ちてから三日までのあいだ、夜更けに一度だけ外を見たがる。月の出にあわせて裏戸を少し開け、北東を向かせれば、言は濁らずに伝わるという口伝がある。件は己を神と称せず、ただ「世の移ろいを先に知る身」と名乗る。ゆえに供物は簡素がよく、塩一撮みに清水一椀で足りる。死後は藁筵に包み牛舎の隅、または田の畦の高みに葬る。雨に濡らさぬよう笠を伏せれば、家筋に穀の運が残るといわれる。伝承の主な土地は海辺の関所町や山裾の薬採りの路の近傍で、旅人が入り混じる境の里ほど出現が多い。これは、世の気配が集まりやすく、件がそれを読み取るためと解されている。
珍しい 
伊草の袈裟坊
いぐさのけさぼう
落合橋の袈裟河童・伊草の袈裟坊
水の怪 埼玉県比企郡川島町 (伊草・落合橋の袈裟河童) 伊草の袈裟坊は地域の水辺ネットワークに属する河童として語られ、袈裟を象徴とする法体風の外見が特異点である。悪戯は通行妨害や重量付与など実害を伴い、ときに腸をめぐる供犠的観念と結びつく。近隣の河童名が併記される点は、各水系に点在する個別名を持つ河童群像の典型で、相互往来や縁組の観念が付随する。舞台は主に落合橋付近の流路で、夜分の往来が忌まれた。後代の記録では宮城県の例との混同記載も見られるが、当地では伊草の名で伝承が定着している。
稀少 
倩兮女
けらけらおんな
塀越しの艶笑女霊・倩兮女
霊・亡霊 不詳 (石燕等・塀越しの艶笑女霊) 本項は鳥山石燕の図像を基軸に、近代以降の妖怪解説書に見られる通俗的説明を最小限で補った整理版である。石燕は楚の宋玉の逸話を引証し、塀越しに艶然と笑う女の姿を淫婦の霊に比した。図譜自体は性質・害の程度・消滅法などを詳らかにせず、姿態と由来連想のみを示す。後世の解説では、人気のない路上で一人にだけ届く乾いた笑い声が強調され、恐怖・羞恥・不安を煽る心理的怪異として語られる。実害は多く記されず、驚愕・立ちすくみ・失神程度にとどまると説明される場合がある。出没は特定地域に限定されず、都市の塀際・辻・垣根越しなど視界の遮蔽がある場所が想定されるが、典拠は明示されない。従って本バージョンは、石燕の図像的提示を核に、笑いによる惑乱という機能を付随要素として扱うに留める。
珍しい 
偽汽車
にせきしゃ
鉄路に現れ消える幻・偽汽車
総称・汎称 日本各地 (鉄路に現れ消える幻汽車) 偽汽車の語りは、蒸気機関車という異質な音響と光景が地方社会に入った時期に集中し、獣の変化や音真似の信仰と結び付けて理解された。各地の筋立てはほぼ同型で、夜間に前方から汽笛と車輪の響きが近づき、灯りまで見えるが、衝突直前に掻き消える。その後に狸や狢の轢死が発見され、供養の対象となる。民俗学では、小豆洗い・砂かけのように「得体の知れぬ音」を獣の仕業とみなす思考の延長に置かれる。噂は口承だけでなく新聞記事によって広く拡散し、分布と内容の均一性を生んだと考えられる。具体的地名や寺社に結び付く場合でも、核心は音と幻視の一致、そして実体としての獣の遺骸という三点で保たれる。近代以降の交通網の伸長に伴い衰退したが、沿線の怪談として記録に残る。
珍しい 
傀儡子
くぐつし
漂泊木偶遣い・傀儡子
人妖・半人半妖 畿内・西国 (漂泊木偶遣いの一座) 傀儡子の像は、漂泊を常として季節や祭礼に応じ社頭・市庭へ現れ、木偶や滑稽、剣舞・相撲など多芸を披露する姿に集約される。古記録には弓馬に長じ、二剣を手玉に取り、七玉を操るなど妙技が見え、木人を操り舞わせて観者を驚かせたとある。女性の傀儡女は歌や舞に巧みで、禊・祓いに関わる観念も伴った。後世、寺社の散所に結びつき、えびすを称える芸能や操り人形の座に連なり、猿楽・神楽・人形芝居の源流とみなされる。公家・武家の保護を受けた例もあり、歌謡や語り物の伝承に寄与した。妖怪としては、人ならざる境に立つ漂泊者像として語られ、村境や社前に忽然と現れて芸を納め、福銭や口上を残して去る存在と解されることがある。民俗的には被差別や散所制度、神事芸能との関係が注記され、創作を交えずとも漂泊と芸能の力が人の世と異界をつなぐ媒介として理解されてきた。
名妖 
元興寺の鬼
がんごうじのおに
奈良元興寺の鐘楼鬼
霊・亡霊 奈良県奈良市 (旧大和国・元興寺鐘楼の鬼) 本項は平安期説話集に見える筋を基調とし、元興寺の鐘楼怪異として定着した型を示す。鬼の正体は寺に縁ある下男の死霊で、僧形や童子を脅かす姿に表象される。出現は夜半で、灯を用いて姿を確かめ得るという語りは、神霊の秘匿性と顕現の条件を示す民俗観に沿う。前段の雷神譚は怪力童子誕生譚として結びつき、雷の威力が人に宿るという観念を補強する。退治は斬殺ではなく「髪を掴む」「引き剥ぐ」という接触的制圧で、痕跡としての髪が寺宝となる点が特徴である。以後、怪は鎮まり、童子は出家して道場法師と称したと伝わる。ガゴゼ・ガゴジ等の語は各地で妖怪の総称として分布するが、語源は諸説あり特定はしない。
珍しい 
入内雀
にゅうないすずめ
清涼殿の供御食い・入内雀
動物変化 京都府京都市 (清涼殿・藤原実方怨念譚) 入内雀は、個人の怨恨が小禽の姿をとり宮中へ出入りする例としてしばしば引かれる。清涼殿の供御に触れる行状は、禁域侵入と食穢の不吉を象徴し、朝儀の秩序を乱すものとして恐れられた。陸奥へ配流された実方の境遇と、都への未練が怪異化したと受け止められ、災厄や作害の原因解釈にも用いられた。勧学院での夢告と雀塚の建立は、怨霊を仏事で鎮める中世以来の手続きを示す。実在の雀の渡来・群行と季節の作害が背景にあり、来訪する小鳥を魂の依代とみなす観念と結びついて伝承が定着した。伝承は諸記録に散見するが、細部や年代には異同があり、詳細は不詳とされる部分も多い。
一般 
冷蔵守
れいぞうもり
冷蔵庫マグネット付喪・冷蔵守
住居・器物 都市の集合住宅 (虚構・冷蔵庫マグネット付喪) 昔から団地やアパートに住む人々の間では「冷蔵庫のマグネットが勝手に落ちたり動いたら、冷蔵守の仕業だ」と囁かれてきた。 ある家では、夜中に冷蔵庫の扉を開けると、磁石の飾りが一つだけ別の場所に動いており、翌日その家の主人は冷凍庫の肉を使い忘れて腐らせてしまったという。 また別の家では、子供が夜中に冷蔵庫の前で泣いていたが、理由を聞くと「冷蔵庫から声がして、お菓子を食べろって言った」と答えたと伝わる。 こうした話から、冷蔵守は人の食のリズムを乱す現代の妖怪として知られるようになった。
珍しい 
加牟波理入道
がんばりにゅうどう
厠の入道・加牟波理入道
水の怪 各地 (江戸・畿内・山陽道・厠の入道) 鳥山石燕の図像と、各地の厠にまつわる禁忌・唱え言の伝承を基礎とする像をまとめたもの。厠は古来、穢と境界が交わる処とされ、夜半や大晦日など境の時に怪異が出没するとされた。石燕は口より鳥を吐く入道として描き、解説で「がんばり入道郭公」と唱えるまじないを記す。民俗資料では、唱え言が禍福を分かち、黄金化・小判化の譚と、不吉の徴としてのホトトギス聴聞が併存する。郭公の字義連関や中国の厠神名への言葉遊びが指摘され、和歌山の「雪隠坊」、岡山の見越入道との混交など、地域差と名称の揺れが顕著である。厠に入る作法や時間帯への戒め、子供の肝試し的な習俗とも結びつき、唱えるべき語を巡るタブーと招福譚が一体となって伝わる。
伝説 
化け猫
ばけねこ
年経た飼い猫の化け猫
動物変化 日本各地 (古猫が妖異を得たとされる) 江戸期の版本・浮世絵・口承に現れる典型像を基に整理した化け猫像。年を経た飼い猫、あるいは虐げられた猫が怨霊性を帯びて妖となる。行灯の油を舐める、二足で立つ、人の姿に変じて家に入り込むといった挙動が前兆とされる。祟りの対象は多くが飼い主や加害者で、病や怪死、家運の衰退として現れると語られる。葬送儀礼への干渉や死体への悪戯も型の一つで、僧侶や祈祷で鎮める筋立ても見られる。尾の長短への忌避は近世の俗信に基づき、尾の長い個体が妖力を得ると畏れられた。地域差はあるが、猫又との境は曖昧で、尾の分岐を強調しない語りでは総称的に化け猫とされた。都市部での娯楽作品により怪猫像は洗練され、遊女像と結びついた表象も流布したが、根底には身近な獣への畏怖と報恩・報復観がある。
珍しい 
化け草履
ばけぞうり
夜跳ねる古草履・化け草履
付喪神・骸怪 日本各地 (古草履の付喪神・戒め譚) 中世から近世の図像資料に見られる「履物の付喪神」を基点に再構成した像。草履は日用品として消耗が早く、打ち捨てられやすいことから、一定の年月を経て精霊が宿ると解された。夜分に音を立てて歩く、所在なく跳ねるなどの騒がしさをもって存在を示すが、害は小さい。近代の妖怪図鑑で紹介される「歌う履物」の挿話は、下駄の昔話と混線した引用であり、化け草履そのものの固有伝承としては確証に乏しい。民俗学的には「器物を粗末にすべからず」という規範の視覚的象徴として理解され、付喪神一般の一型と位置づけられる。
名妖 
千疋狼
せんびきおおかみ
群行人を追う狼群・千疋狼
動物変化 四国・出雲・越後等 (群行狼説話) 千疋狼の伝統像は、個々の狼ではなく統率の下で動く群れの恐ろしさを描く。語りは夜の峠道で始まり、逃れた人が木に登る。群れは跳躍と連携で高さを稼ぎ、届かぬと親玉や外部の怪(老猫・鬼女・鍛冶嬶)を呼ぶ。呼ばれた存在は家庭内の異形(家人に化けた者)と結び付けられ、翌朝に痕跡(血痕、器の欠落、傷)や供養塔などの形で現実へ接続される。狼の行動は誇張されるが、夜行性と群行の知見に沿う解釈が古くから示され、祈詞・刃物・夜明けが転機となるのも通例である。地域により親玉は白毛の大狼、老猫、鬼女などへ変化し、名称は「鍛冶が嬶」「小池婆」「弥三郎婆」等と呼称が変わるが、樹上逃避と「呼び寄せ」の構図は共通する。民俗的には境界(峠・夜明け前)に潜む災厄と家内に潜む異形の連関を示す譚として語り継がれ、供養塔や地名伝承が付随する事例もある。
珍しい 
反魂香
はんごんこう
煙に亡き影・反魂香
住居・器物 中国故事由来 (江戸期読本・浄瑠璃で流布) 反魂香は物質としてより、物語世界で死者再会の媒介として語られる。中国故事の「煙中に姿を見る」趣向が日本近世文学・芝居へ取り入れられ、香炉・香木・灰の扱いが儀礼的に描かれる。妖怪図会では器物怪異の一種として挿図されることがあり、香煙が面影をあらわす描写が定型化。霊を呼び返すのではなく、あくまで姿影の顕現にとどまると解される場合が多い。医薬的効能は本草の逸説として紹介されるが、近世の筆録でも懐疑が添えられ、奇談として位置づけられる。上方・江戸の落語では線香や香の尽きるまでが逢瀬の限りとされ、香の量と時間が演出上の要となる。
稀少 
古庫裏婆
こくりばばあ
庫裏に潜む墓荒し婆・古庫裏婆
住居・器物 不詳 (寺庫裏の墓荒し婆) 鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』の解説に拠る像を基準とする理解。庫裏に棲みついた七代前住職の梵嫂が変じたものとされ、供物や金銭を盗み、墓を暴いて髪を編み衣とし、屍肉を喰らう。作画では糸を撚る老女と猫が配され、寺院の私曲や破戒を皮肉る寓意が読み取られる。固有名の「こくり」は恐ろしきものを指す語への掛詞とする説がある。地域的な分布は特定できず、主に版本・絵本を通じて知られる図像妖怪である。実地の目撃談よりも、寺院社会への風刺や戒めとして機能したと考えられる。
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