山幸彦
やまさちひこ
海宮の婿·神武祖父·山幸彦
山幸彦の正体は『古事記』上巻·『日本書紀』神代下 第十段の主役·天津日高日子穂穂手見命 (アマツヒダカヒコホホデミノミコト、略称ホホデミ·別名火遠理命=ホオリ)である。邇邇芸命 (天孫·ニニギ) と木花咲耶姫 (大山祇神の娘) の三柱の御子のうち末弟で、兄·火照命 (ホデリ=海幸彦)·中子·火須勢理命 (ホスセリ、古事記では事績記述なしの「隙間の神」) と火中出産で生まれた。三柱すべて「火」を冠するのは木花咲耶姫が一夜孕みの清純を証するため燃え盛る産屋で出産した神話に由来する。神名「火遠理」は「ホ (火·穂)」 + 「オリ (火の鎮まり·居)」で、火勢の三段階 (ホデリ=燃え盛り → ホスセリ=最高潮 → ホオリ=鎮まり) を象徴する古代日本語の解釈が定説。別名「天津日高日子穂穂手見命」の「ホホデミ」は「火火出見」と書かれ、「火の中から現れた者」を意味する。 物語の核心は『古事記』上巻末·『日本書紀』神代下 第十段の海幸山幸譚である。兄·海幸彦は海の漁を司り、弟·山幸彦は山の猟を司って各々の道具で生計を立てていたが、ある日山幸彦が幾度も乞うて兄と道具を交換 (海幸彦の釣り針と山幸彦の弓矢) し、海に出かけたが釣り針を失った。兄が「元の釣り針を返せ、別の鉤では受け取らぬ」と厳しく求めたため、山幸彦は途方に暮れて海辺で泣いていたところ、 塩椎神 (シオツチ、別名·塩土老翁神、海の翁神) が現れて事情を聞き、無目籠 (まなしかたま=隙間なく目を細かく編んだ籠舟) を作って山幸彦を乗せ、海中の海宮 (綿津見大神の宮殿) へ送った。塩椎神は神武天皇東征譚でも神武に道を示す役を演じる、古代日本神話の「水先案内人」神格である。 海宮では海神·綿津見大神の娘·豊玉姫と出会って結婚し、三年間 (一説で十年) 海宮に滞在した。三年後、故郷を思い出した山幸彦は涙を流し、これを豊玉姫が父·綿津見大神に報告。海神は鯛 (一説で赤海鯽魚) の喉から失われた釣り針を見つけ出して山幸彦に返した。さらに海神は山幸彦に潮盈珠 (しおみつたま=潮を満ちさせる珠) と潮乾珠 (しおふるたま=潮を引かせる珠) の二つの霊珠を授け、兄に釣り針を返す時の呪言と、兄が攻めてきた時の潮の干満を操って屈服させる方法を授けた。古事記の呪言原文「この鉤は、淤煩鉤 (オボチ·心塞ぐ釣り針)·須須鉤 (ススチ·荒れ狂う釣り針)·貧鉤 (マヂチ·貧する釣り針)·宇流鉤 (ウルチ·愚かなる釣り針)」と唱えて後ろ手で渡したと記される ── これは古代日本の呪詛文化を示す貴重な史料。 兄·海幸彦は次第に貧しくなり、山幸彦を恨んで攻めかかったが、山幸彦が潮盈珠で潮を満ちさせて溺れさせ、救いを求めた時に潮乾珠で潮を引かせて助けた、これを繰り返して屈服させた。海幸彦は山幸彦に永代仕えること (「俳優 (わざおぎ) の民」として) を誓い、これが南九州·隼人 (はやと) 族服属の起源神話となった。海幸彦が潮で溺れる際の「足占 (あしうら)」 ── 足擦り·胸擦り·頬擦りの所作は宮廷儀礼·隼人舞の起源とされる。 7-8 世紀律令国家による南九州辺境民 (薩摩·大隅) 服属の政治神話化と学術的に解釈される (古田史学·正木裕論考、平凡社『隼人の古代史』等)。「山幸 (中央) が海幸 (辺境) を屈服させる」構造で大和朝廷の南九州統治を正統化する政治神話。 山幸彦の皇統系譜上の重要性は決定的である。豊玉姫が地上で出産する際、「我が本身を覗くな」のタブー破り (見るな禁忌) で本体 (古事記=八尋和邇=鮫·日本書紀=龍) を露わにし山幸彦に見られて海宮へ戻る悲劇譚の後、鵜葺草葺不合命 (ウガヤフキアエズ) を地上に遺した。妹·玉依姫が代わりに鵜葺草葺不合命を育てる経緯となり、成長後の鵜葺草葺不合命は叔母にして養母の玉依姫と結婚、神武天皇 (初代天皇) を生んだ。すなわち山幸彦は神武の祖父にあたる、皇統の直系祖先の中核神格である。鹿児島神宮由緒では「山幸彦が高千穂宮で 500 余年治めた」と記される地上統治神格でもあり、単なる神話の主役を超えた歴史的位置を持つ。 主祭神社の代表は鵜戸神宮 (宮崎県日南市大字宮浦 3232) である。海岸絶壁の岩窟内に本殿が鎮座する独特な構造で、主祭神は鵜葺草葺不合命 (山幸彦·豊玉姫の子) だが、山幸彦·豊玉姫·彦五瀬命·神日本磐余彦尊 (神武天皇) 等も配祀される。「お乳岩 (おちちいわ)」 = 豊玉姫が海宮へ戻る際、御子の養育のため左の乳房を岩に貼り付けたとされる岩 ── から滴り落ちる「お乳水」で作られる「おちちあめ」が現在も授与品として有名。「運玉投げ」 (亀石の窪みに素焼の玉を投げ入れる願掛け) も人気。創建は社伝では崇神天皇代に六所権現として創祀、推古天皇代に岩窟内社殿創建、延暦元年 (782) 天台僧·光喜坊快久が別当として再建 (異説並存)。本殿は八棟造権現造 (1711 年改築·宮崎県有形文化財)、鵜戸海岸は国指定名勝 (2017 年)、鬼の洗濯板 (千畳敷奇岩) は県天然記念物。 青島神社 (宮崎県宮崎市青島) は山幸彦海宮帰還の上陸地とされ、主祭神は彦火火出見命 (山幸彦)·豊玉姫命·塩筒大神の三柱。国天然記念物「鬼の洗濯板」 (隆起海床) が青島周辺の象徴的景観。鹿児島神宮 (霧島市国分) は主祭神·天津日高彦穂穂出見尊 (=山幸彦) の高千穂宮跡伝承を持ち、島津氏由緒の神社で、大隅国一宮·名神大社。 民俗信仰では、山幸彦は「山の幸·海の幸両方を司る神」として、漁業·農耕·狩猟·安産·縁結びの幅広い御利益を持つ。鵜戸神宮の「おちちあめ」は乳児の健康·母乳分泌祈願に効くと信じられ、全国から参詣者を集める。現代では宮崎神話街道·しまなみ海道·南九州観光資源として、神武天皇祖父神として観光·学術両面で注目される。兄·海幸彦と並べた「兄弟譚」は能·神楽·歌舞伎·絵巻物·現代アニメ·小説で何度も再解釈される。