水口に伝わる妖怪 1 体。その土地に根ざした物語と伝承地を辿ります。
じおうせんび
雨夜の泉縄手に灯る地黄煎売りの怨火
地黄煎火は、近世の怪火譚のなかでも「誰が・どこで・なぜ」が具体的に語られる珍しい例である。被害者は無名の怪物ではなく、地黄煎という実在の甘味を売り歩いた行商人であり、現場は東海道水口宿に近い泉縄手の膝頭松という、人が場所を特定できる大木である。怪火の発生条件も「雨の夜」と限定され、湿気の多い夜に見える鬼火・狐火の体験が、街道での殺人事件の記憶と結びついて一つの怪に固まったと考えられる。火が金への執着の象徴である点は、近世都市の貨幣経済が生んだ怨念譚の系譜に連なり、同じ甲賀郡水口の地に根ざす土地の怪として、片輪車や甲賀三郎とともに語り継ぐ価値がある。