四十八天狗一覧――『天狗経』の諸国大天狗について詳しく説明すると、
天狗は、八大天狗だけにとどまらない。諸国の霊山には、それぞれの大天狗が座すと信じられ、近世の祈祷秘経『天狗経』[2]は、その代表を四十八座――「四十八天狗」――として列ね上げる。この版は、その全名簿と、経そのものの来歴を一望する総覧である。
『天狗経』は、江戸期に成立したとされる密教・修験系の祈祷文である。仏典としての正統な経ではなく、山伏が勤行に誦して諸国の霊山の天狗を招請(来臨影向)し、その霊威を借りて悪魔退散・怨敵降伏・諸願成就を願う呪文経の系統に属する。本文は「南無大天狗小天狗」と唱え起こし、諸天狗の名を連ねたのち、「総じて十二万五千五百」と天狗の総数を挙げ、真言「おんあろまや てんぐすまんき そわか」[2]で結ぶ。この「十二万五千五百」は実数ではなく、無数の天狗を表す象徴の数であり、固有名で挙げられる四十八座は、そのなかの代表という位置づけである。なお『天狗経』の写本・版本の伝来については、高橋成「天狗経――その現状と所在」(二〇一六)[8]などの文献学的研究があり、成立年代を厳密に一点に定めるのは難しい。
四十八天狗の名簿は、坊号(霊山名+坊の名)のかたちで連なる。冒頭は愛宕山太郎坊・比良山次郎坊・鞍馬山僧正坊ら畿内の大天狗で始まり、富士・日光・羽黒・秋葉・英彦山・石鎚といった全国の修験霊山の天狗が続く。以下に、確認できる二系統の出典を照合した全四十八座を、坊号・霊山・国(現都道府県)とともに掲げる。★は当事典に独立頁をもつ八大天狗である。
1. ★愛宕山太郎坊(愛宕山/山城・京都)
2. ★比良山次郎坊(比良山/近江・滋賀)
3. ★鞍馬山僧正坊(鞍馬山/山城・京都)
4. 比叡山法性坊(比叡山/山城・京都)
5. 横川覚海坊(比叡山横川/山城・京都)
6. 富士山陀羅尼坊(富士山/駿河・静岡)
7. 日光山東光坊(日光山/下野・栃木)
8. 羽黒山金光坊(羽黒山/出羽・山形)
9. 妙義山日光坊(妙義山/上野・群馬)
10. 筑波山法印坊(筑波山/常陸・茨城)
11. ★彦山豊前坊(英彦山/豊前・福岡)
12. 大原住吉剣坊(大山剣ヶ峰(諸説)/伯耆・鳥取(比定))
13. 越中立山縄垂坊(立山/越中・富山)
14. 天岩船檀特坊(天岩船/所在未詳)
15. 奈良大久杉坂坊(未詳/所在未詳)
16. 熊野大峯菊丈坊(大峯山菊ノ窟/大和・奈良)
17. 吉野皆杉小桜坊(吉野山/大和・奈良)
18. ★那智滝本前鬼坊(那智滝本/紀伊・和歌山)
19. 高野山高林坊(高野山/紀伊・和歌山)
20. 新田山佐徳坊(新田山(諸説)/上野・群馬(比定))
21. 鬼界島伽藍坊(鬼界ヶ島/薩摩・鹿児島(比定))
22. 板遠山頓鈍坊(板遠山/所在未詳)
23. 宰府高垣高林坊(竈門山(宝満山)/筑前・福岡(比定))
24. 長門普明鬼宿坊(未詳/長門・山口(比定))
25. 都度沖普賢坊(隠岐島(諸説)/隠岐・島根(比定))
26. 黒眷属金比羅坊(象頭山/讃岐・香川)
27. 日向尾畑新蔵坊(未詳/日向・宮崎(比定))
28. 醫王島光徳坊(硫黄島/薩摩・鹿児島(比定))
29. 紫黄山利久坊(紫尾山/薩摩・鹿児島(比定))
30. ★伯耆大山清光坊(大山/伯耆・鳥取)
31. 石鎚山法起坊(石鎚山/伊予・愛媛)
32. 如意ヶ嶽薬師坊(如意ヶ嶽/山城・京都)
33. 天満山三萬坊(天満山(諸説)/美濃・岐阜(比定))
34. 厳島三鬼坊(弥山(厳島)/安芸・広島)
35. 白髪山高積坊(白髪山/土佐・高知(比定))
36. 秋葉山三尺坊(秋葉山/遠江・静岡)
37. 高雄内供奉(高雄山/山城・京都)
38. ★飯綱三郎(飯綱山/信濃・長野)
39. 上野妙義坊(妙義山/上野・群馬)
40. 肥後阿闍梨(金峰山(諸説)/肥後・熊本(比定))
41. 葛城高天坊(金剛山(葛城)/大和・奈良)
42. ★白峰相模坊(白峰/讃岐・香川)
43. 高良山筑後坊(高良山/筑後・福岡)
44. 象頭山金剛坊(象頭山/讃岐・香川)
45. 笠置山大僧正(笠置山/山城・京都)
46. 妙高山足立坊(妙高山/越後・新潟)
47. 御嶽山六石坊(御嶽山/信濃・長野)
48. 浅間ヶ嶽金平坊(浅間山/上野・群馬(比定))
この名簿を読むうえで、三つの注意がいる。第一に、坊号(各座の名)は複数の出典で一致し信頼できるが、国・都道府県の比定にはウェブ二次情報に誤りが混じる。たとえば紫尾山は鹿児島県(薩摩)であり、「日向」は宮崎県の旧国名である――これらを関東や東北の地と取り違える誤記が流布している。本名簿では、比定に幅のある座に「(比定)」、出典間で所在の確かめられない座に「所在未詳」を付した。第二に、天岩船檀特坊・奈良大久杉坂坊・板遠山頓鈍坊のように、複数の出典が所在を「未詳」とする座があり、これらは無理に地名を当てていない。第三に、八大天狗の坊号と『天狗経』本文の表記には揺れがある。たとえば八大天狗にいう大山伯耆坊は本文では「伯耆大山清光坊」、大峰前鬼坊は「那智滝本前鬼坊」「熊野大峯菊丈坊」系の表記で現れる。八大天狗は、この四十八座のなかから代表八座を抜き出したものと通説で説かれるが、坊号が一字一句一致するわけではない。
四十八天狗という枠組みは、天狗が単独の妖怪ではなく、全国の霊山に遍く座す山岳信仰の神格であったことを、もっとも端的に示している。天狗研究を集成した知切光歳[7]も、これら諸山の大天狗を一つの体系として整理した。八大天狗の各座(★)は独立した頁で詳しく扱うが、それらもまた、この十二万五千五百の天狗の海のなかの、ひときわ高い峰々なのである。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 諸国の霊山に遍在する天狗の総体。八大天狗を頂点に、四十八の代表座、そして十二万五千五百の無数の眷属からなる。
- 相性
- 山岳信仰・修験道を奉じる者、諸国の霊山を巡る者、天狗の全体像を知ろうとする者
- 能力・特技
- 諸国の霊山に遍在する天狗の招請(来臨影向)悪魔退散・怨敵降伏・諸願成就の加持八大天狗を頂点とする天狗界の統べ十二万五千五百と称される無数の眷属
- 生息地
- 日本各地の霊山(愛宕・比良・鞍馬・富士・日光・羽黒・秋葉・英彦山・石鎚・大峰ほか四十八座)