
逢魔時百魅の生ずる黄昏・逢魔時
おうまがとき
詳細説明
この伝承像は、安永8年(1779)刊の鳥山石燕『今昔画図続百鬼』「逢魔時」[1]を中心に組み立てる。逢魔時は一体の妖怪ではなく、妖怪たちが現れ始める時間の条件である。そのため、人格を与えて人を襲わせるのではなく、明るさが失われ、見慣れた景色と人の正体が急に不確かになる黄昏そのものとして扱う。
石燕の説明は短いが、定義、怪異、禁忌を一続きにする。「黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり」とまず時刻を定め、その結果として「世俗小児を外にいだす事を禁む」と記す。夕暮れだから子どもを帰すという生活上の戒めと、百魅が生ずるという怪異の説明が、互いを補強する構造である。ただし、これは石燕が18世紀後半に記録した「世俗」の説明であり、古代から全国の家庭で同じ禁制が守られたとまでは言えない。
絵の下半には、人影のない家並みと寺院らしい塔が静まり、左端の大きな太陽が沈みかけている。上半では雲のような塊の中から、角のある顔、獣めいた顔、人とも鬼とも決められない顔が次々とのぞく。百魅は百体を数え上げた名簿ではなく、名も姿も定まらない多くの怪異の総称として見える。石燕は一体の怪物を中央へ置かず、空と町の境全体を妖怪の出現場面へ変えた。
詞書の後半は「王莽時」という異表記を持ち出す。林羅山が石燕以前に記した説[2]では、昼が前漢、夜が後漢、両者の間の黄昏が王莽の新朝に当たる。石燕は、前漢を奪った王莽の王朝が短期間で終わり後漢へ移ったことを昼夜の境へ重ね、この旧説を語り直した。王莽その人が妖怪として出るわけではなく、「おうまがとき」という音を中国史上の王朝の境目で解く知的な見立てである。辞書が大禍時・大魔時・逢魔時・王莽時を併記する[3]ことも、この語が災い、魔との遭遇、歴史的な間という複数の連想をまとってきたことを示す。
逢魔時の怖さは、暗闇そのものより、まだ見えるのに正しく見分けられない点にある。完全な夜なら灯火を用意するが、夕暮れには昼の感覚が残り、知人だと思った影がよそ者かもしれない。柳田國男「かはたれ時」[4]は、衣服の輪郭から相手を判別しにくかった時代、人々は足音を聞き、声を掛け合うまで相手を確定できなかったのではないかと考えた。「誰そ彼」「彼は誰」という言葉は、この不確かさをそのまま問いの形にする。
柳田が「妖怪談義」で並べた各地の例では、声が人と異類の境界を測る。佐賀では一度の「モシ」では狐を疑い、沖縄では三度呼ばれるまで返事をしない。加賀のガメ、能登の河獺、美濃と土佐の狸は、人に化けても土地の言い方を正しく発音できず、応答のずれから正体を見破られるという。[5]ただし廣田龍平が注意するように、柳田は個々の例の出典を明示しておらず、すべてが同じ逢魔時習俗だったと断定はできない。ここでは薄暮とよそ者を結ぶ柳田の比較的解釈として位置づける。
この時刻に現代時計の固定値はない。江戸期の不定時法[6]でも夜明けと日暮れが昼夜の区切りとなり、その位置は季節によって変化した。夏と冬、北と南、山間と平地では、薄明が訪れる時刻も長さも異なる。暮れ六つや酉の刻を現代の18時または17~19時へ置き換える表は目安にすぎず、逢魔時の本体は時計の数字ではなく、日中の視認性と社会の安心がほどけ始める短い移行にある。
したがって、この逢魔時を倒すことはできない。日暮れ前に帰る、連れと声を掛け合う、灯火で相手を確かめるという行動は、時間を消す魔法ではなく、不確かさを小さくする生活の知恵である。太陽が沈み、完全な夜になれば百魅の世界は続いても、「昼夜の間」としての逢魔時は終わる。石燕の百魅、柳田のよそ者、現代作品の魔物出現時刻を結ぶ核は、境目では見えるものの分類が揺らぐという一点にある。
出典情報
種類全体の出典primary
羅山林先生文集巻六十五「随筆一」
著者: 林羅山
年代: 寛文2年(1662)刊本系統
出版社: 国立国会図書館デジタルコレクション(京都史蹟会編、1918)
種類全体の出典primary
異人論が異人と出あうとき――動物=妖怪としての異人をアマゾニアに探る
著者: 廣田龍平
年代: 2022
出版社: 『物語研究』22、215~229頁
種類全体の出典primary
日本の暦「中級第5問(櫓時計)解答」
著者: 国立国会図書館
出版社: 国立国会図書館
種類全体の出典primary
精選版日本国語大辞典「彼誰時」
著者: 小学館
出版社: 小学館(コトバンク)
種類全体の出典primary
精選版日本国語大辞典「大禍時」
著者: 小学館
出版社: 小学館(コトバンク)
種類全体の出典primary
かはたれ時
著者: 柳田國男
年代: 昭和5年(1930)
出版社: 初出『ごぎやう』第9巻第11号(青空文庫)
種類全体の出典primary
今昔画図続百鬼「逢魔時」
著者: 鳥山石燕
年代: 安永8年(1779)
出版社: 江戸東京博物館所蔵・国文学研究資料館国書データベース
性格
固有の意志や人格を持たない。昼には見分けられた人と異類の境を曖昧にし、近づく者の正体を確かめようとする警戒心を呼び起こす不穏な時間である。
相性
日暮れを合図に帰路を急ぎ、同行者と声を掛け合い、正体の分からない呼びかけへ不用意に応じない者とは相性がよい。境目を侮って一人で踏み込む者には不安を増す。
能力・特技
弱点
固有の肉体がないため、退治や調伏の対象ではない。日暮れ前の帰宅、同行者との声掛け、灯火による確認で危険を避けられ、薄明が終われば「逢魔時」という時刻そのものも過ぎ去る。
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
診断評価
妖怪バウンダリー・タイプ指標
いたずら濃度
1.0high: 戯 low: 護
📝 メモ
不安を増幅し見まちがいや道迷いを誘うが、特定の加害主体ではない
変化適応
1.0high: 化 low: 定
📝 メモ
薄闇が認識を変え百魅を生じさせるが、個体の変身ではない
夜話度
1.0high: 夜 low: 昼
📝 メモ
夕暮れから夜へ移る薄闇の頃で、深夜ではなく夜の入口にあたる
情の深さ
-2.0high: 縁 low: 境
📝 メモ
人に憑く情ではなく、全国に流布する薄闇の観念として働く
結界強度
3.0high: 律 low: 流
📝 メモ
昼夜、里と野、人顔の判別の境に生じる典型的な境界霊性
表舞台圧
-3.0high: 表 low: 影
📝 メモ
妖怪個体ではなく日の暮れの時刻概念で、身体をもって表に出ない
妖怪相性診断
喜び
1.0喜びと楽しさの程度
📝 メモ
喜びや楽しさとは結び付かず、薄闇の不安を強める。
怒り
3.0怒りの激しさの程度
📝 メモ
怒りの人格はなく、禍を招くとされるが能動的な激怒の表現は少ない。
慈悲深い
2.0慈悲深さの程度
📝 メモ
慈悲の意図はなく、災厄観と注意喚起の語。情け深さは低い。
憂鬱
6.5憂鬱で思慮深い程度
📝 メモ
薄闇の憂愁や不安、思慮深さを誘う時間帯としての側面が強い。
静寂
5.0内なる平静の程度
📝 メモ
静けさの時間でもあるが、不穏さが拮抗。家内での落ち着きは促される。
いたずら好き
1.5いたずら好きで活発な程度
📝 メモ
いたずら的な性格はなく、誤認や道迷いは戯れより戒めの機能。
やさしい
2.0やさしく親しみやすい程度
📝 メモ
中立だが不穏とされ、具体的慈愛は乏しい。人に優しくはない時間帯の概念。
厳格
7.0厳格で真面目な程度
📝 メモ
早めの戸締まり・外出回避など規範を強く喚起し、慎みを求める。
守護的
4.0他者を守る傾向
📝 メモ
直接守護はしないが、戒めとして生活規範を促し結果的に身を守る面がある。
神秘的
9.0神秘的で不思議な程度
📝 メモ
姿なき境界の怪で、黄昏に百魅が生ずるという観念は強い神秘性を帯びる。
霊性の深さ
9.5精神的境界の深さ
📝 メモ
此岸と他界の境目の霊性を体現する時間概念で、境界霊性の深さは顕著。
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