基本説明
件は江戸後期に広く流布した半人半牛の予言獣。人の顔に牛の躯を備え、出現しては世情や豊凶を告げ、ほどなく死ぬとされる。天保年間の瓦版や版本に記載が見られ、出現地や容貌は諸説がある。絵像を掲げると厄除け・家内繁盛に効験ありとする触書もあるが、地域や史料により語り口は異なる。語句「件の如し」との直接関係は俗説とされる。
民話・伝承
天保7年(1836)丹後国与謝郡倉橋山に現れ、数年の豊作と家内繁盛の護符効験を告げたという瓦版が知られる。越中国立山では文政期以降、薬採りが遭遇したとする「くたべ」の記録があり、長髪女面や老人面など像容が揺れる。多くの伝承で出現後短命と語られ、描写や護符化が行われた。証文末尾の「件の如し」との関係付けは後世の解釈とされる。
マヤ暦守護KIN
件が守護しているマヤ暦のKINを一覧で表示しています。
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
徹底解説
件には3種類の異なる形態が確認されています。 それぞれ独特の特徴と性格を持ち、人々との関わり方も様々です。以下に各形態の詳細をご紹介します。
天保丹後の予言獣・件
天保丹後の予言獣・件について詳しく説明すると、江戸後期、瓦版・版本を通じて流布した件像。人面牛身で、出現ののち予言を述べ、まもなく絶命するとされる。天保期の瓦版には丹後出現譚が見え、豊凶や厄除の効験が強調され、件の図像を掲げることが推奨された例もある。一方、越中国立山の「くたべ」は1820年代以降の記録に現れ、女面や老人面、鋭い爪、胴体に目が描かれるなど像容に幅がある。両者は予言・疫病除けの効用を語られる点で通底し、災厄期に流布が増す傾向が指摘される。証文末尾の定型句「件の如し」と怪物「件」を同一由来とする俗説は、語の歴史(中世以前の用例)から否定的に見られる。民俗的には、出現・告知・短命・図像護符化という定型が核であり、具体の地名・年代や効験の内容は史料により異同が大きい。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 寡黙で端的に告知する
- 相性
- 農事・疫病予兆に関わる話題と親和
- 能力・特技
- 豊凶・災厄の予告疫病除け・厄除の護符化(図像)短い言葉で要点を告げる託宣
- 弱点
- 出現後に短命である, 像容・言説が史料により揺れるため信憑の定着に乏しい
- 生息地
- 丹後国与謝郡・倉橋山伝承地, 越中国立山周辺, 版本・瓦版上の図像として流布
倉橋山の護符告示・件
倉橋山の護符告示・件について詳しく説明すると、倉橋山護符告示の件は、天保の飢饉を境に与謝郡の山間から現れたと伝えられる版で、半牛半人の姿ながら面相はやや若く、額広く眼はうるみ、口許はわずかに上がる。牛の身体は痩せて肋が浮くが、背に朝露のごとき白斑が散り、これが年の兆しを示す印とされた。出現は多く夜半から曙の間、山裾の田の畔、あるいは村境の祠前に限られ、見届け人はたいてい用足しや夜回りの者である。件は三度までしか言葉を発しない。その第一に「疫の路(みち)」を告げ、どの方角から病が入り、何月に強まるかを定める。第二に「貼り図の作法」を詳らかにする。すなわち自らの像を片紙に描き、戸口内側の梁、または米俵の上に北向きで貼ること、墨は新しい煤、紙は前年の秋祭りで供えた半紙を用いること、家ごとに一枚までとすること。第三に「年の相」を述べ、豊凶と屋内の守りごとを短句で遺す。語り終えるや、件は田畔の草を噛み、首を垂れて息を細め、日の出までに力尽きる。村はその体を山根へ運び、土を浅く掛け、上に笹一枝を挿す。七日を経て掘り返すと骨は柔らかく、爪のみ硬く残り、これを筆軸に差して護符の縁をなぞれば、厄が家外へ流れるとされた。護符の図様は定型があり、人面の額中央に一筋の縦皺、牛身の肩に三つの白点、尻尾は二股で左へ流す。図様を誤れば効験薄く、特に尻尾を右へ流すと病方角が逆転して災いを招くと恐れられた。件はまた、「貼り替えの時」を一年に二度、麦秋と霜月朔に限ると教える。図を描く者は手を塩で清め、夜は灯を弱く、声を交わさず描写し、描き終わりに「ただし此の家のみならず、隣里にも及ぶ」と小さく記す。これを守る家は家内の争い少なく、田の虫害も軽いという。倉橋山の件は、吉兆と疫災除けを併せて告げる点で予言獣の典型に近いが、商いの利得や戦の勝敗には触れず、あくまで家内と田畑に限って言葉を置く。倉橋山の瓦版には、件の像を蔵や土間に掲げれば「穀蔵の湿り退き、病気戸口に留まらず」とあり、遠村へ伝える際は写しを三夜のうちに回すべしと記される。写しが遅れると効果が萎むとされ、村々で夜走りの若者がこれを担った。後世、証文末尾の語を件に結びつける話も交じるが、この版では禁じ手とし、護符文言にその語を用いると効験を損なうと戒める。姿を見た者は一時熱にうなされるが、七日の後に軽くなり、以後三年は大病を避けるという。件の短命は世に長く留まらぬ誓いゆえで、土へ返るほどにその言は深まると伝えられる。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 静謐で義理堅く、必要な言葉のみを告げてすぐに姿を消す。人の営みを遠くから見守るが、情に脆く、幼子や老いた者にはひと呼吸長く語る。
- 相性
- 共同体を重んじ、記録や習わしを丁寧に守る家々、祭礼や年中行事を欠かさない人々。
- 能力・特技
- 疫病来向の告示と月次の強弱の指示自像護符の作法伝授(用紙・墨・貼る方角の指定)田畑の豊凶占(虫害・長雨・旱の予見)家内不和の沈静化(護符文言の加護)
- 弱点
- 尻尾の向きを誤った写しを三軒以上に貼られると効験が乱れる, 日の出を正面から浴びると声が掠れて告示が一つ減る
- 生息地
- 丹後国与謝郡・倉橋山麓の田畔と村境の祠, 街道筋の辻堂(霜月の夜のみ)
胎より人語の託生・件
胎より人語の託生・件について詳しく説明すると、この「牛の子・託生予言版」の件は、人牛の雑貌をもって生まれながら、母牛の胎より出るや即座に人語を操り、己が名を「くだん」と称すよう求める。出自は人家の牛舎、あるいは山裾の放牧場に限られ、野に忽然と現れる型とは区別される。顔は若き女面から痩せた老人面まで揺れ幅があるが、いずれも瞳は潤み、瞠目せずに聴き手の胸を射抜くように据わる。産声の代わりに短い嘆息を洩らし、まず母牛を屠るなと諭すのが通例で、続けて七年ほどの豊熟と家内の繁昌、あるいは流行病の退散を告げ、八年目に兵乱や凶変の影が及ぶと明言する。予言の終わりには自らの短命を淡然と述べ、三日を出でずに絶えると伝える。死骸は土に浅く納むれば禍を防ぐとし、見世物とすれば家門に陰が差すと戒める。されど、好事家により剥製や絵像として留められる例も古く、瓦版や記録書にその姿を写すことは、むしろ護符の役を果たすと容認する。託生予言版の言は、作柄や疫の流行、旱魃、戦雲といった広域の事象に限られ、個人の吉凶を問うときは黙して応えない。これは言の重さを汚さぬためで、無用の占筮と同列にならぬよう、聞き手の分別を試す作法でもある。予言が真となるほど、母牛は翌年以降も健やかで、家の牛馬は災に逢いにくいと伝える。一方、託生の刻を冗談視して騒ぎ立てれば、件は舌を噛み血を滲ませ、言葉を閉ざすとされる。姿を絵に写す際は、角は短く、首は太く、胴は仔牛の丸みを留める。脚は四、尾は藁縄のように細長く、蹄は小さい。額に渦毛が一つあり、そこへ墨印を押して家内に掲げれば、七年の間は火難盗難を避けると信じられた。生まれ落ちてから三日までのあいだ、夜更けに一度だけ外を見たがる。月の出にあわせて裏戸を少し開け、北東を向かせれば、言は濁らずに伝わるという口伝がある。件は己を神と称せず、ただ「世の移ろいを先に知る身」と名乗る。ゆえに供物は簡素がよく、塩一撮みに清水一椀で足りる。死後は藁筵に包み牛舎の隅、または田の畦の高みに葬る。雨に濡らさぬよう笠を伏せれば、家筋に穀の運が残るといわれる。伝承の主な土地は海辺の関所町や山裾の薬採りの路の近傍で、旅人が入り混じる境の里ほど出現が多い。これは、世の気配が集まりやすく、件がそれを読み取るためと解されている。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 静穏で自省的。自らの短命を悟り、言葉を惜しまずも誇らず、聞き手の覚悟を試すように淡々と語る。哀憫は深いが情に流されず、予言の言質を厳格に保つ。
- 相性
- 家運や郷里の安寧を第一とする者、記録を怠らず口外の節度を知る者、牛を労わる農家や薬採りの徒と相性が良い。
- 能力・特技
- 予言言寿(よげんげんじゅ):広域の豊凶・疫癘・兵乱の兆しを簡潔に告げる託生加護(たくしょうかご):出生家の牛馬に七年の無難を与える護符相(ごふそう):姿絵や瓦版が厄除けとなる効験を残す黙守(もくしゅ):軽々しい問いには応じず予言の純度を保つ気配読(けはいよみ):旅人や物資の往来から世勢の潮を感じ取る
- 弱点
- 短命:誕生より三日を限りとして命脆い, 喧擾を忌む:群衆の嘲りや騒ぎで言が濁り沈黙する, 屠害:母牛や自身への暴力で家運が反転し効験が絶える
- 生息地
- 防長の関町の牛舎や浜近くの納屋, 北陸道の山裾・薬採りの宿の牛小屋, 丹後国の村外れ・放牧地の囲い
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